【映画感想】『恋のクレイジーロード』と田中俊介と地獄のハニーバニー&パンプキンパイ

※鑑賞当時書いたものを下敷きに改稿しています。

 

先日2018年5月5日、推しことBOYS AND MEN田中俊介くんと芦那すみれさんのW主演の短編映画「恋のクレイジーロード」(白石晃士監督・脚本)初日舞台挨拶上映を見に、名古屋シネマスコーレまで行ってきました。

まずは予告をご覧ください。

 

 


『恋のクレイジーロード』予告編

 

 

以下、映画のネタバレを完全に含んでいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また山に死体を捨てに行っている。

 

この作品、そもそも名古屋のインディー系ミニシアター「シネマスコーレ」の副支配人・坪井篤史さんが東海テレビの映画情報番組「映画MANIA」での共演をきっかけに田中俊介と出会ったのち、田中の初主演作「ダブルミンツ*1で俳優・田中俊介に病的なまでに惚れ込み、周囲の映画監督に彼を熱烈にプレゼンしてまわった結果、ニコニコ動画で「白石晃士と坪井篤史の映画狂人ロード」を共に放送している白石晃士監督の「ぜひ私の映画にも出て頂きたい」という直々のオファーを引き出し実現した作品なわけですが。*2

共依存の男と男が山に死体を捨てに行くところから始まる作品を発端に作られた作品が、その翻案かアンサーソングのように今度は超共依存の男と女が山に死体を捨てに行くところに始まり、しかも「ダブルミンツ」でみつおを演じていた田中俊介が、今度はみつおの女の子版みたいな女子と一緒に、というのは、映画ダブルミンツファンには早々にクスッとできるポイントではないでしょうか。

 

死体を捨てに行っているっていうのは映画の終盤に明らかになる事実なのでブログのしょっぱなに書くようなネタではないんだけれど、宙也(田中俊介)とすみれ(芦那すみれ)が抱えるトランクのさびれた田舎道を行くバスには不釣り合いな大きさと、矢島(細川佳央)の「何これ臭!中身なに?ゴミ?」というセリフと、ゴミを捨てに山に向かっているというくだりで、ごくごく自然に「そうか〜死体が入ってるんだなあ〜」と思ってしまったのは、私がわるい映画やドラマを見すぎているからではないと思う。多分。

 

バスの最後部座席につがいの小動物のように丸まったふたり。柔らかなキャメル色のダッフルコートにくるまって見るからにおどおどした態度の宙也よりも、黒づくめのゴスファッションに身を包み高圧的な態度のすみれの方が、内心どこか不安を抱えているように見える。*3

 

そして、そこにすみれの不安を具現化するように女装男(宇野祥平)が姿を現す。

 

多重人格者で殺人者の恋人、密かに宿しているその恋人との間に授かった命、トランクの中に詰まった死体、何にもない終点に向けひた走るバス。

宙也にどれだけ愛情を注がれていても、どれだけ虚勢を張っていても、すみれの行く先は迷いと不安だらけのどん詰まりだ。

一方、突然現れ宙也に熱烈に求愛しすみれに宙也との別れを迫る女装男は、宙也と同じ殺人者で、何の躊躇もなく死体を増やし、妊娠することもなく、赤信号も無視してバスを爆走させる。女装男は、すみれの抱える一切の不安から解き放たれている。

 

すみれがそれでも宙也と離れない道を選び、宙也も弱さを振り切ってふたりが女装男に立ち向かった瞬間、映画にマジックが起こる。

 

ここからのくだりは同時上映の「メイキング・オブ・クレイジーロード」*4を見て鳥肌が立ったんだけれど、「シングルマン」で監督のトム・フォードが恋人を喪ったコリン・ファースの芝居にカットをかけず撮り続けたように、白石晃士監督も人格が入れ替わり豹変する田中俊介の芝居に本来の場所でカットをかけず映画は走り続ける。赤信号でもレッツラゴーだ。

己と同じ異形の本性を顕にした宙也を見て女装男が上げる歓喜の叫びは、そのまま演者・宇野祥平の、白石監督の、そして我々観客のそれだったと思う。それ!いつだってそれが見たいんだ私たちは!

 

ここのシークエンスでの女装男の涙が本来シナリオにはなかったものだとパンフレットで知ってとても驚いたんだけれど、涙の理由について宇野さんは「うーん…ちょっと覚えてないですね。でも、寂しかったっていうことですかね。寂しいというか、『受け入れてもらえなかった』という感じかな」と話していて、それはつまり、女装男にとって宙也が、探して探してやっと見つけた運命の同じ生き物であると確信させた上で、それでも選ばれなかった、という拒絶に対する感情を揺さぶった結果の涙ということで…それには、田中俊介=宙也が怪優・宇野祥平=女装男と同等かそれ以上の熱量と狂気を全力でぶつけて感情を引きずり出す必要があったわけで…。田中俊介、いい仕事したなあ!!(推しなので屈託なく褒めます!)

 

カットが変わりラストシーン。

夜の闇の中、今度はバスを走らせているのはすみれで、もう迷いも不安も消え去っている。

妊娠を打ち明けられ、幸せそうに、そしてどこか妖しい微笑みを浮かべて寄り添うふたりの黒髪と黒い服が薄闇の中で溶け合って、結合性双生児のようでもあり、真っ黒な比翼の鳥のようでもあり…。

私はこのシーンがとても好きなんだけれど、(主演おふたりの顔立ちも手伝って高橋葉介先生の絵のようで。画像参照。)これは驚いたことに撮影期間1日という超強行スケジュールがズレこんでラストシーンが予定外に夜になってしまった結果だそうで。でもこれも結果オーライの映画のマジックじゃないのかな。

 

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冥王星』より(「夢幻外伝①死者の宴」高橋葉介・著)

 

これは全く蛇足なんですが、わるい映画のわるい影響を受けて育ってきてしまったので、最後の最後にバスが大揺れするなどしてふたりに包丁が突き刺さったり、バスの横っ腹に突然トラックが突っ込んできたりして暗転、ってなるかと思ったりもしたけどならなくてよかったです。ハッピーエンドでよかった。(ハッピーエンド?) 

あと、死体が小分けして真空パックされてるのが几帳面でキュートだな〜と思いました。

 

 

前述の通り、この映画は坪井さんのいわば“俺の推しを俺の推し監督に撮ってもらい俺の映画館でかけて世間に見せびらかしたい”というオタクの夢の具現化みたいな映画なんですけど(いいなー)、このオタク(便宜上オタク呼び失礼します)なんせコネクションが太いので、これを書き直してる2019年下旬に入ってもまだこの先の上映予定が控えてるし、これをひっさげて新たな監督に推しを撮らせるプレゼン宣材にもなってるんですよね。(いいなー)短いけれどコンパクトにまとまった推しプレゼン資料…。*5

 

そして実際これきっかけで自作に田中俊介を招聘してくれている監督はその後続々と続いてるんですけど、まだライアン・ゴズリングのレフン、デンゼル・ワシントンのフークアみたいな“俺のミューズ”監督は現れてないと思ってるので、まだまだこれから田中俊介争奪戦が起こってくれるといいな〜と期待しています。

メイキングでも言われていますが、本人も「映画の道具」になりたい熱意おおいにある人なので、どんどんいろんな作品と監督の道具になって、この先もいろんな顔と魅力を開花させていって欲しいな。*6

*1:2017年、内田英治監督・脚本、原作・中村明日美子淵上泰史さんとのW主演

*2:坪井さんは「恋のクレイジーロード」のプロデューサーにも名を連ねており、その後1年以上に亘る全国舞台挨拶上映行脚に出掛けています。2019年8月現在まだ終わってません。

*3:そんなところもダブルミンツに通じるところですね。

*4:なんとメイキングの方が本編より長い。本編18分、メイキング29分!

*5:しかし往々にして同時上映になるプロデューサー個人の密着ドキュメンタリーが一番長いのには閉口しております50分くらいある…。恋クレ同時上映は超エドガーケイシー+恋クレ+メイキングの3本立てが一番好きです。

*6:でもボイメンにも帰ってきてね…。2019年8月現在、まだグループ活動お休み中です…。