【雑記】私は腐ってないし、多分あなたも腐ってない(ように私には見えるんだけど、どう?)
先日、弊アカウントのマシュマロにこのような投稿がありました。

これは、以下に貼った私のTwitterの固定ツイートに言及しているものと思われますが

このマシュマロを受け取った当時の私は、実に2年ぶり&現ジャンル初の同人誌即売会参加を控えそれはもう大忙しで、何やら喧嘩腰の煽り絡みマシュマロの相手に手を煩わせる時間も惜しいし、これから待望のイベントだぞ〜って時に自分のテンション下げるのも、フォロワーさんたちの気分萎えさせるのも何だかな…という感じだったので、今はちょっと一旦寝かせといて後々気が向いたら返信すっか…と置いておいたら数日後に来てたのが、これ。

「初めまして」て言ってるし文体も最初のものよりかなり丁寧だけど、同じ人か?と思っているんですが(こんな立て続けに、日ごろ読まれてる手応えのない固定ツイートスレッドの下の方の同じ案件についてふれられたことはないので)、それは私の憶測として、*1内容的にTwitter140字でスレッドにして答えるにもちょっとわずらわしいことになりそうな、そう簡潔にまとまりそうもない話なので、久々にブログをしたためている次第です。内容的に、いい機会だからスタンス表明しておくのも悪くない話だろうし。
ここまででもう500字いってる。長げえ〜。
先に、要旨を挙げておきますね。
- 「腐女子」という呼称を“差別”とは言っていない
- 「腐」という字がそもそも嫌い
- “呼び名”は呼ばれた人間の魂を後付けで縛る可能性がある
- 私の名前は私が決める あなたの名前もあなたが決めればいい
「腐女子」という呼称を“差別”とは言っていない
そもそもの話。これはもう読んで字の如し、そのままです。
私は「腐女子」という呼称を好まない人間であり、同時に、あらゆる差別に反対している人間ですが、私自身が「腐女子」という呼称を差別と捉えたことも、そうみなす人間であると表明したこともありません。これに関しては平たいことばで言ってしまえば「どこ情?」です。
多分、次の行と話がごっちゃになっている。落ち着いて読んで。*2
しかし、残念ながら「腐女子」という呼称を、差別的な意図ないし攻撃的な意図で使う人間は多く存在していると思います。それに関しては先の項で言及します。
「腐」という字がそもそも嫌い
文字の印象が汚らしくて嫌。身も蓋もなくシンプルな物言いで恐縮ですが、それ以下でもそれ以上でもない。
元来、潔癖症気味の人間なんですが、そうでなくとも決して使われて気持ちのいい文字じゃないでしょ「腐」って…。名前にRotten掲げてなお印象の良さ保ってられるのなんかジョン・ライドン(ロットン)くらいやで…。あと何?豆腐とか貴腐菌?*3
私も「腐女子」という呼称ができる前からの、やおい・JUNE・薔薇などの言葉に親しんできたB.I(Before Internet=紀元前)オタクですが、2chその他でこの言葉が使われ始めた当時からずっと「ゾンビじゃなくてバリバリ生きた人間なんで、悪いけど『腐った』覚えはないっすね」って言い続けていました。ペーパーやフリートークや個人サイトの日記CGIが当たり前の時代だったので、そういうとこでも幾度となくぼやいた記憶がある。
もののついでになりますが、「腐」という文字が好きじゃないから、作品名に「腐」の字を駄洒落みたいに混ぜ込んで表記するのも好きじゃないです。私の価値観からすると、作品のタイトルを汚されたような印象を受けるので。なので私はやらないです。

“呼び名”は呼ばれた人間の魂を後付けで縛る可能性がある
もはや「ふじょし」と入力変換しても耳から「ふじょし」という音を聞いても、オタクのみならず「婦女子」より先に「腐女子」が出てきがちな時代になってしまいました。
それでも私が頑なにこの言葉を使うことに抵抗し、また「好ましい言葉ではなく、廃れていくことが望ましい」という態度を示している理由は、「腐女子」という名詞に伴って、自らや他者のことを動詞的に「腐ってる」と表現することも、少なからずそう呼ばれる人間の自尊心を損なうことがあると思っているからです。
そんな事はない、自分は「腐女子・腐ってる」という言葉を使う時に、言葉本来の意味は念頭に置かず「BL好き」以上の意味を持たせていない、という人もいるでしょう。しかし、この呼称で呼ばれる人、そして当事者でなくこの呼称を耳にする人、その双方の万人が「腐女子・腐ってる」という言葉から本来の「腐敗、朽ちる」というネガティブなイメージを漂白して捉えることは困難だと私は考えています。
「腐女子」の「ふ」の音に何故「腐」が当てられているのか、という理由について、私はその真相を知りません。また、最初に当てた人がBLを好む女性自身だったのか、それとも2chはじめ匿名掲示板に数多にいた、女叩きを生き甲斐にしていた男たちだったのか、その発端についても私は知りません。*5
しかし、この当てられた「腐」の理由について「女*6が男同士の恋愛を妄想する*7なんて、性根が腐った人間のする(恥ずべき、間違った、本来すべきでない)事。それが好きでやめられない自分はやっぱり腐っている」と、無理やり自虐的な後付けの理由をこじつけて、自分で自分を、同じ嗜好を持つ人間を、そして自分の好きなものを否定し貶めるような言論は、過去幾度となく目にしました。自らが先に立つのではなく、「腐」というネガティブな意味を持つ文字に後付けで自分の精神をひもづけてしまったんですね。
これが「腐」の字に嫌悪を覚える一番の理由です。そんな事は絶対にするべきではないです。*8
これに限ったことではありませんが、“自虐”というのは自らに向けた遅効性で中毒性の高い劇薬だと思っています。また、それを“面白いこと、笑うところ”という空気で使うことは、同じ空間にいる人間にも同じように振る舞うことを強要することになり得ます。同じ空間で同調圧力に従わなければ、ノリの悪い“空気読めない”人になってしまうからです。
“自虐”は自分で自分を削るだけではなく、他者に向けて「私は私のここをよくないもの、攻撃していいものだと考えています」転じて「あなたから攻撃されてもやむなしと考えます」と腹を晒すことにもなります。そこに前述の同調圧力が加われば「私以外の同じ属性の人間もここを面白おかしく自虐すべきだし、無神経に扱われても攻撃されても“いじってもらえておいしい”と考えるべき」という、同調したくない人、攻撃されたくない人の口をふさぐ最悪の連鎖が生まれます。
2chが5chになったのも長い事知らなかったくらい匿名掲示板文化から離れて久しいですが、私が2chを見ていた当時でも、「腐女子」という呼称は「BL好き」という意味合い以上に、女叩きをしたい輩たちから「腐女子 【ふ-じょし】①女全般 ②俺たちの気に触る部類の女」を指す蔑称で使われていた印象があります。今の感覚だと、Twitterなどでインセル男性に使われる「フェミ・ツイフェミ」「まんさん」「まーん」と同等の使われ方です。*9
そして、当てられている文字と当事者たちの自虐混じりの自認から「腐った女ども=やっぱり女という生き物は腐っている=だから叩かれても当然」というねじ曲がったこじつけの足がかりにもなってしまっていたように思います。
仮に「BL好き」という意味合いの代名詞が「腐ってる」というネガティブなイメージの単語ではなく、もっとポジティブな単語だったらどうだったでしょうか。多くの人たちが「男性の同性愛を夢想するのは腐った、間違ったこと」「自分や仲間の性根は腐っているんだから、この呼び名も役割も甘んじて受けるべき」という考えを持つには至らなかったのではないでしょうか。また「あいつらは『性根の腐った女』なんだから罵って痛めつけていい」という輩につけいる隙を与えることもなかったのではないでしょうか。
考えすぎや穿ったものの見方をしすぎと思われるかも知れませんが、「腐」というそもそもの意味もネガティブでなおかつ自分や同好の士を少しでも削る要因になり得るような文字にしがみつく理由が、私にはありません。
また、BLを読む人間も描く/書く人間も女性に限らないと多くの人が知っている時代に「腐」だけでなく「女子」部分ももはやお役御免でしょう。この「女子」がある限り「女の読むもの」*10というイメージがついて回りますし、名乗る人も「腐女子」「腐男子」と自らの性別や性自認を申告しなければならないなんて、随分面倒で息苦しいじゃないですか。
私の名前は私が決める あなたの名前もあなたが決めればいい
前項でふれた通り、私は「腐女子」という呼称が生まれる前からのオタクなので、この呼称に違和感を覚えることも意義を唱えることもできているんですが、BLを好むオタクとして物心ついた頃からこの呼称が浸透していた人たちからしたら、最初から与えられていた呼び名に疑問を持つのは難しいだろうなと想像できます。
また、2つめのマシュマロを送ってきた方のように、この呼び名に連帯や救いのようなものを感じていた人たちからしても、その愛着を手放すのは難しいものでしょう。その他、文字数制限のあるSNSにおいて「腐」という一文字で「BL好き」という属性を表現できる簡便さからこの表記を手放したくない人も少なくないだろうと思います。
前者の、新しい世代のBL好きの人々に関しては、そもそものデジタルネイティブゆえ視野も国外まで広く持っている人が多く、特に嗜んでいるジャンルによっては語彙感覚も豊富なので、slasherやshipperはじめ別の言い回しに柔軟に移行している人が多くいるな、という印象です。
むしろ、後者の「腐」の文字に連帯や愛着やアイデンティティを焦げ付かせてしまっている人たちの方が、こう言っては何ですが、難しいというか厄介というか、自らが変わることにも他人の自分と違う考えを目にすることにも拒否反応が強いのではないでしょうか。「今までこのルールで自分を律してやってきたのに!!」というものから外れたりルールを書き換えたりするのは簡単なことではないので。(個人的には仲間と連帯するにしてもその文字に拘泥する必要はもはや一切ないですよとは思いますが)
なので、一番最初に戻りますが、私はそこそこ年長のオタクとしての自らのスタンスを「私は『腐女子』という言葉を使うことに賛同していません」という表現までに留めています。自分で自分をそう呼ぶことは絶対にないし、そう呼ばれることも望まないし、他の方をそう呼ぶこともしません。本当に過去に一度も使ったことがないのかは確認してないので、もし何かの拍子に15年前くらいの発言が掘り返されたらウワ〜すいません若かったですねとしか言えないんですけど、この先は確実に永遠にないです。
年長オタクの私が「よくないな」と思いながら「腐」の文字を使い続けることは、年下の次の世代のオタクたちに同調圧力の毒を盛った盃をまわすことに他ならないと考えるからです。私は、BLを読むし描くし同人誌も出すけど、言いたくなければ「腐女子」と自称も他称もしなくていいし「嫌だな〜!」と言ってもいいんだよ、という空気を作る側にまわるので。
でも、手放したくねえ〜「腐女子」って自称し続けてえ〜って方がいるのもわかるので、そういう人は自分の意思で誇りを持ってそう自称し続けたらいいと思います。そういう人に「やめな!」と言う気もないし、まして自称してる人をブロックしたりもしないです。
私は幼稚園児の頃から先生からも親からも「アヤちゃんは本当に『自分は自分、他人(ひと)は他人(ひと)』だねえ…」と半ば呆れられながら言われ続けてきた人間なので、自分が他人と違うことを恐れないし他人が自分と違うことも気にしないんですが、自他境界の曖昧な人からすると私みたいなタイプって耐え難いみたいなんですよね。「何で私と同じ価値観にならないの!従いなさいよ!!」ってなるみたい。でもねえ、無理です。三つ子の魂なんとやらなので。それに私にも私なりにこの考えに至るまでのそこそこ長い人生があったわけですよ。
なので、こーんな長い与太話読んでもまだ全然納得いかね〜許せね〜お前は間違ってるから従わせてえ〜って人、いると思います。でも諦めてタタラ場に帰って楽しく暮らしてください。私も私で森で適当にやってます。この森案外あちこちに仲間がいるし、森で好き勝手やってると木陰から「私も好き勝手やっていいんですか?」っておそるおそる這い出てくるフレンズがいるんですよ。
いいよ〜!!みんな自分で自分にしか踊れないダンス踊ろうぜ〜!!
*1:追記:このブログアップ後にマシュマロで怒られたんですが違う方だそうです ごめんネ
*2:ついでに書いておくと、“ホモ”という言葉を使うことを好まないのは、性的当事者以外が軽々しく扱うのは、著しく嫌悪感を催させたり強い差別表現になり得る言葉だから。2021年の現代においてはアフリカンアメリカンはじめ肌の色の濃い人々のコミュニティにおけるNワードに近い立ち位置の言葉になりつつあると認識しています。“NL”という言い回しを強く嫌っているのは、シスジェンダーの男性と女性のヘテロセクシュアル恋愛を“ノーマル(正常)”と位置付ける、裏を返せばそれ以外全てを“アブノーマル(異常)”という位置付けにしてしまう言葉だからです。
*3:同じ理由で“アカウント”を“垢”って言うのも嫌いで、たとえ4文字余計に文字数食おうとも頑なに“アカウント”と表記しています。もしくは“アカ”
*4:一番下の「男子を去勢する刑罰」って今初めて知ったんですけど、これがもし「女性およびBLを好む人間たちの性欲を、それを否定する者、主にゲイフォビア男性たちから取り戻し肯定する」という意味に持っていけるならちょっといいんだけど。でもまあそこまでして無理にいい風にこじつける必要はないと思います。
*5:教えてくれなくていいです
*6:ここでの『女』には、少なからず『女の分際で』が含まれていたと思います。過去形でなくおそらく今もそうでしょう。女の分際で、男様を性的にまなざして憚らず、ましてや男様を『女にする』なんて不届きである、という女性蔑視とゲイフォビアックな恐れ。
*7:これに関して『絶対に男性同性愛の当事者になれない女が勝手な妄想をするのは性的搾取であり冒涜的』という論も何度も目にしましたが、性別問わず誰だって自分以外の恋愛の当事者にはなり得ないですし、他者の恋愛物語を夢想することも性的欲求を持つことも責められるようなものではないのに、ことさらに“女性”が“男性同士”の恋愛を夢想するときのみが責められ自省を求められるのはやはりどう考えても異常であると考えています。
*8:なんなら、自虐が過ぎて自他境界がとろけた人だと『自分みたいな異常で腐った恥ずべき人間が好むものなんだから、BLも同性愛もオタク趣味も全部恥ずべき忌まわしいものなんだ!』なんてとんでもない理論に飛躍することもありますがそれも絶対に間違っています。そもそも自らを貶めてるところから大間違いだし巻き込み事故も大惨事すぎる。
*9:あの連中はBLオタクという趣味(しかも男の沽券を脅かす)にせよフェミニズム(これも男の沽券に関わる)にせよ、自分の考えや言葉を持つ女が怖くてしょうがなくて嫌いなので。
*10:『男も泣ける!』『男性の鑑賞にも耐え得る!』『男性にこそ読んでほしい!』うるせえ黙れ全部滅んで〜!!
【雑記】ゼンハイザーHD439のイヤーパッドを交換した話
こんにちは。ブログ更新してなさすぎなので、生存確認も兼ねての雑記です。
かれこれ多分5年以上になると思いますが、タイトルの「SENNHEISER(ゼンハイザー)HD439」というヘッドホンを使ってるんですけど、コレのイヤーパッドが経年劣化でへたってぺしゃんこになってしまったんですね。

他のヘッドホンと散々比較してゼンハイザーのコレを選んだ決め手は、音ももちろんなんですけどこのイヤーパッドだったんですよ。
普通のヘッドホンのイヤーパッドって、合皮じゃないですか。アレって夏場や長時間装用した後に汗や皮脂でペトッとするのが気になるし、冬はヒヤッとするし、経年劣化でモロモロに剥がれてダメになるし…。
という悩みを抱えてたところでこのフワフワ起毛生地のイヤーパッドに出会って「こんなのもあるのか!」と衝撃を受けてこいつを選んだんですよ。冬なんか耳当てがわりにもなるじゃんくらいの勢いで。
でも、これはこれで汗や皮脂が生地を通過して中のウレタンにダメージを与えてしまうんだと思われる。それで経年劣化の加水分解起こして中で崩れてしまったんじゃないかな、多分。
イヤーパッドが死んでるだけで機械もコードも問題ないんでこれでも聴けないことは全然ないんですけど、しかし装用感は決して良くないし何より気分が滅入るよな〜、でもこれだけで買い替えるのもちょっと…。としばらく放置してたある日、ふと、BOSEなら交換イヤーパッドがあるんだから、ひょっとしたらひょっとするのでは?と検索してみたら、あったー!ありましたー!!交換用イヤーパッド!!*1
商品名はHD418/438用になってますけど、商品説明見たらちゃんとHD439も対応してた。やった〜1000円ちょいで解決できるならこんなありがたいことないや、と即注文。Amazonなので数日ですぐ届きました。置き配のつもりなのか仕事から帰ったら玄関前の地べたに商品入った封筒がそのままぺたっと置かれててびびったけど…。よかったよ風で飛ばされなくて…。*2

それでは交換の儀を行います。
ネットで先達を探したんですけど同じ機種使ってる人がいなくて…。なんかヘラとか使って本体からゴリゴリ剥がさなきゃいけなかったりしたら困るな〜と心配してたんですけど、近い機種の交換してる人が「ツメでひっかけてあるのを思い切り引っ張っると簡単に取れる」と書いてたのでそれを信じます。
(一応注文前にツメの存在は確認してたけど、交換パーツ届く前に外して壊したり戻せなくなったりすると困るので確認に留めてた)

こういうツメがぐるっとあるので、グッと引っ張って外していきます。

取れた!イヤーパッドの最下層にドーナツ型の樹脂板があって、それがぐるっとツメで押さえてある感じなので、パチパチっと外していきます。一ヶ所外れれば後は簡単。

全部外れるとこうなる。接着剤の跡が汚ッ。これまだほんのりペトペトするし拭き取るべきかどうか迷ったんですけど、何で拭けばいいかわかんないし完全に拭き取れなかったり逆に広げちゃったりしたら凹むな…。ということでそのままにしちゃった…。エタノールかジッポオイルで拭けそうな気もしたけど、本体にダメージ与える可能性もあるし…。あとこのほんの〜り薄くついてるウレタンにも、音響上か布の固定上かわかんないけど何らかの働きもある気がする。どのみち新しいイヤーパッド付けちゃえば当面のところは問題ないので、そっと蓋をすることにして封印。
さっきとは逆で新しいイヤーパッドをツメにパチパチ嵌めていきます。先に楕円の頂点(カーブが急な方)を嵌めるとやりやすい気がしました。

できたー!復活!!新品同様!!
おかえりフカフカ…。これで気持ちよく使えるし、音漏れもマシになるはず〜。
というわけで小ネタの雑記でした。もしかしたらいつかどこかの同機種使ってる人の役に立つかも知れないので、ここに書き留めてボトルに詰めてネットの海に放流します。*3
【2020年5月上旬現在】いま映画館のためにできる支援まとめ・名古屋近郊版

世界中が新型コロナウイルスに翻弄される日々。
あっちもこっちもみんなてんやわんや、外にも出れなきゃ友達にも家族にも会えない。政府は全く頼りにならないし、夢も希望もありゃしない。
そんな時でも、しょぼくれた心を慰めてくれたり、笑顔を取り戻させてくれたり、立ち上がる支えになってくれたり、新たな展望へと目を開かせてくれたりする、そんな内なる世界へ通じる窓になってくれるのが映画だと思うんですけど、今やその映画もあぶない。映画っていうか、映画館があぶない。とりわけ、大きな資本を持たないミニシアターがとってもあぶない。ここで言う「あぶない」っていうのは、感染どうこうではなく、経営的に危機的状況っていうやつです。
映画館もあぶなけりゃ、配給も制作も役者さんもスタッフさんも、映画からのびていく毛細血管の末端に至るまでみんなあぶないんだけど、目下のところ、基盤になる場所を失うのはマジでやばい。これから先、またエンタメを浴びに行ける平穏な日々が戻ってきても、その場所が失われていては、提供したい側も享受したい側も何ともならんですよね。世はVOD真っ盛りとはいえ、映画文化はNetflix & Chillのみにて生くるに有らず。何とかこの局面乗り越えなきゃならない。
そんなこんなで、あっちこっちで「映画館を救え!!」という活動が興っております。私も乗っかれるだけ乗っかっていこうと必死に追っかけておりますが、どんな支援が生まれて、どこの劇場までがカバーされてて、いつが〆切で…って、把握しきれなくなってきた。
なので、この記事はひらたく言うと、私の備忘録アンドリンク集です。私が名古屋近郊尾張地区がホームグラウンドなものでこのへんだけの話でごめんなさいね。メモついでにどっかの映画好きな誰かの役に立ったらうれしい。漏れもミスもあると思いますが随時更新していきます。
名古屋近郊劇場支援早見表
まずは、手っ取り早く支援と劇場を総当たりで俯瞰できる表がこちら。
スマホからだとえらい見づらいですが、私のwebぢからの限界です。すまない。
シネマ テーク |
シネマ スコーレ |
名演 小劇場 |
伏見 ミリオン座 |
シアター カフェ |
岐阜CINEX |
|
|---|---|---|---|---|---|---|
| ミニシアターエイド基金 | ○ |
○ |
○ |
- |
○ |
○ |
| 映画webマガジンOLIVE/SUZURI | ○ |
○ |
○ |
○ |
○ |
○ |
| 仮設の映画館 | ○ |
○ |
○ |
- |
- |
- |
| アジアンドキュメンタリーズ | ○ |
○ |
○ |
- |
○ |
- |
| A DAY IN THE AICHI | ○ |
○ |
- |
- |
- |
- |
| 東京シネマサロン/SUZURI | - |
- |
- |
- |
- |
|
| 自社クラウドファンディング | - |
- |
- |
|||
| 年間鑑賞会員 | ||||||
| パンフ・グッズ等通販 | - |
△ |
- |
- |
次の2館は、正しくは系列館まで入れて「伏見ミリオン座・センチュリーシネマ」「岐阜CINEX・ロイヤル劇場」ですけど便宜上片方の名前だけでお察しください。名古屋近郊って言ってんのに岐阜CINEXが入ってるのは私の推し劇場だからです。シンプルに贔屓。あと刈谷日劇以西その他*1が入ってなくてごめん。好きだよ日劇さん…ボイメンがお世話になっています…「神と共に」一挙上映も天才でした…。
では、それぞれの支援内容についてざっくり紹介。
支援名からアンカーリンクで概要へ、表の中のリンクから公式の該当ページへ飛べます。
ミニシアターエイド基金
motion-gallery.net
深田晃司・濱口竜介両監督が発起人になって立ち上げられたプロジェクト「ミニシアターエイド」。「Save the Cinema」でミニシアターを守るための署名を、「ミニシアターエイド基金」で寄付を募っています。寄付の受付最終日は5/14(木)。
- 寄付形式
クラウドファンディングサイト「Motion Gallery」を介したクラウドファンディング。大きく分けて物質的リターンなしの「思いっきり応援コース」、リターンありの「未来チケットコース」の2つを選ぶことができます。 - リターン
それぞれ寄付の金額に応じて、
「思いっきり応援コース」は、 感謝のメッセージpdfと感謝映像へのクレジット。
「未来チケットコース」は、感謝のメッセージpdf、感謝映像へのクレジット、オンライン上のサンクスシアターでのストリーミング上映、参加有志劇場の未来鑑賞チケット・パスポート、賛同監督・俳優を迎えてのイベントへの招待などが受けられる。
「未来チケットコース」のリターンは、寄付の金額だけでなく希望する劇場によっても受けられる特典詳細が異なるので要確認。
映画webマガジンOLIVE/SUZURI
suzuri.jp
オンデマンドグッズサイト「SUZURI」に開設されている、映画webマガジンOLIVEさんのショップ。グッズごとに設定された寄付金を、自分の贈りたい劇場を指定して寄付してもらうことができます!すごい!!(指定しなかった場合は先方で分配してくれる)オリバーくんがとてもかわいい。寄付の受付最終日は5/31(日)。
仮設の映画館
www.temporary-cinema.jp
想田和弘監督と配給会社東風さんが設立したストリーミング配信サイト。劇場で上映されるはずだった作品を、劇場と並行してオンライン上*2でも鑑賞できます。鑑賞チケットの売り上げは、手数料を差し引いた後、配給と劇場で5:5に分配されます。劇場や上映期間は作品によって異なるので要確認。
- 寄付形式
「仮設の映画館」で、鑑賞したい作品ページの下部リストから寄付を希望する劇場を選びます。すると、Vimeoのレンタルページにジャンプするので、必要情報などを入力し支払いを済ませればOK。
鑑賞料金は1作品につき1800円。視聴期間は決済後から24時間有効。
アジアンドキュメンタリーズ ミニシアター応援プロジェクト
asiandocs.co.jp
アジアの良質なドキュメンタリーを多数配信している配給会社アジアンドキュメンタリーさんによるミニシアター応援企画。プロジェクト期間内に単品購入した作品の全額、または見放題会員の月額視聴料の一部が(ともに495円)、「ミニシアターエイド」を介して劇場に寄付されます。寄付の受付最終日は5/14(木)。
- 寄付形式
公式サイトから作品の単品購入もしくは、見放題プランの申し込みができます。単品購入の場合は全額にあたる495円が、見放題プランの場合は、チャリティ作品を鑑賞すると月額視聴料の中から495円が寄付されるしくみ。単品購入の場合、視聴期間は購入後7日間有効。見放題プランは1ヶ月から1年間まで幅広く設定されているので、詳しくは公式サイトを参照。
A DAY IN THE AICHI お見舞金支援プロジェクト
aday.themedia.jp
カンパニー松尾監督が、昨年行われた「あいちトリエンナーレ2019」のために撮り下ろしたドキュメンタリー作品「A DAY IN THE AICHI」を、劇場とライブハウス支援*3のために再編集し有料配信しています。尺はたっぷり4時間20分。ステイホーム時間にもぴったり。配信期間は5/17(日)まで。
- 寄付形式
配信サイトからストリーミング購入後、鑑賞料金1800円が支援先劇場とライブハウスに均等に分配される。視聴期間は購入後7日間有効。
オンデマンドグッズサイト「SUZURI」に開設されている、上映会・トークイベントなどを多数開催している東京シネマサロンさんのショップ。グッズごとに設定された寄付金が指定の支援先劇場に分配されます。*4それぞれの劇場にゆかりの深い俳優やイラストレーター陣がグッズを制作していて、名古屋地区は、シネマスコーレと相思相愛の俳優・田中俊介が、スコーレのためにTシャツ2種とマグカップ1種をデザイン。他地方のグッズもかわいくて、支援先の劇場のことも気になってくるぞ。シネマ尾道と熊本DENKIKANかわいい。
「自社」って言うと語弊がある…?劇場自身もしくは劇場を支援する人々が独自に展開しているクラウドファンディングです。中間はさまず推しに一点でぶっこみたいタイプはここが買いだ!(言い方)これ書いてたらちょうどのタイミングで名古屋シネマテークエイドの受付が終了してしまったんですけど、まだ動きがあるかも知れないしnoteから有用なリンク先に飛べるのでここにもリンク残しておきます。メモメモ。
note.com
www.meiensupport.com
motion-gallery.net
年間鑑賞会員
多くの劇場が通年鑑賞会員を募集していますが、今こそ入会することで劇場を支援することができます。鑑賞料金割引をはじめその他特典もさまざま受けられてお互いwin-winでしかない。岐阜CINEXが△なのは、会員制はないけど鑑賞スタンプカードがあるので…。100円でもらえちゃって、スタンプ5個たまると1回無料で鑑賞できちゃうので…。是非購入していただきたい…!!
パンフ・グッズ等通販
常に通販を行っている劇場もあれば、このたびの苦境を乗り越えるためにオリジナルグッズを作った劇場もあります。どちらにしろこれもお互いwin-winのうれしい支援しかも家から一歩も出ずにやれるやつです(運送会社さんありがとう)。
伏見ミリオン座が△なのは、グッズ自体は販売してるし(ロゴ入りマグカップ。かわいい)何ならカフェもコンセッションも充実した劇場なんだけど、残念ながら通販をやっていないので…。劇場が開いたら、鑑賞前後の時間を使っていつもよりちょっと多めにおみやげやおやつを買ってみてほしい。私も買います。
映画館アイラブユー
つらつら書いてる間に名古屋シネマテークエイドやmu-moライブシアターが終了してしまって、やっちまった〜間に合わなかった〜と思っていたら、一方新たに今泉力哉監督「街の上で」の先行販売グッズの収益がミニシアターエイドに寄付されることが発表されたりもして、まだまだ事態は色々激動。
machinouede.base.shop
ここに書いた名古屋近郊以外でも、もちろんたくさんの映画館支援活動が行われているし*5、これからもきっと新しい支援が出てくると思います。支援のいらない日々が早く戻ってきてほしいけど、残念ながら事はまだまだ長期戦になりそうなので。ミニシアターだけじゃなくてシネコンだって全然大丈夫じゃないはずだし!いくら親会社がついてたって、不景気になれば末端からどんどん切られていくって、ヘラルドシネプラザ名鉄東宝その他で嫌ってほど見てきたんだよなあ。
とにかく、映画関係者も観客も、みんな映画館を助けたくて必死。そして映画館も生き残ろうと必死。みんな必死で手を取り合って、もがきながらも掴んだ手は離さないように、真っ黒い激流の中をどうにかあっぷあっぷしながら浮き沈みしている。こんな姿、いろんな映画でたくさん見てきた気がする。見てきてはいたけれど予行演習は全然できてなかったなあ。でも何とか乗り越えたい。乗り越えてほしい。だって映画と映画館が大好きだから。
「映画という文化を云々かんぬん」だとか「雇用をどうこう」だとか、かっこいいこともそれっぽいことも書こうとすりゃどうとでも書けるんだろうけど、もう、シンプルに、これは我欲ですわ。エゴでございます。私が、わたくしが映画を映画館で見るのが大好きなので、これからも見ていたいので、どうにか生き残ってほしい。頼む。極論これでしかない。
私が石油王だったらな〜!!って思わずにおれんけれど、石油王でもなかなか全部の映画館は救えないからなあ。ちょうど石油も危機になってるしなあ。ちまちまといち個人にできる範囲で「映画館行ったつもり寄付+α」くらいしかできないけれど、映画ファンみんなの、無理のない範囲の「行ったつもり」を集めれば、まあまあの力になるのではないかと、いまはそう信じるしかない。がんばろうな〜。
あー、ほんと、ほんと国よ。国がしっかりしてくれよ。
WE ARE NOT THINGSだよ。映画を見てくれ。

「ホドロフスキーのサイコマジック」web先行上映
https://uplink-co.square.site/psychomagicuplink-co.square.site
アップリンクさんのサイトから先行web上映されている「ホドロフスキーのサイコマジック」を鑑賞することで、上映を予定していた全国の劇場に収益が分配されます。愛知地区では名古屋シネマテークが対象になっています。通常プラン1900円と寄付込みプラン2500円が設定されていて、視聴期間はともに決済後から72時間有効です。
サイトではサイコマジック以外にも同監督のエル・トポやホーリーマウンテンのグッズも購入することができます。ホーリーマウンテンTシャツめっちゃかっこいい。
若松プロダクション ミニシアター応援基金
www.wakamatsukoji.org
シネマスコーレの設立者である若松孝二監督の若松プロダクションが配信している未DVD化作品を鑑賞すると、収益の半分がミニシアター及び映画に携わる施設に寄付されます。1作品1000円で、視聴期間は決済後から48時間です。
シネマスコーレ オンラインシアター
cinemadiscoveries.co.jp
シネマスコーレで制作された作品をオンラインで鑑賞できるサイトができました。未ソフト化、封切前の作品多数!なかなか見られる機会のない作品ばかりなので、これが全国どこでも視聴できるのはありがたい。1作品500円で、決済後3日間(72時間)視聴可能です。収益は、手数料を除き全額がシネマスコーレに還元されます。
*1:名古屋市内だけど三越映画劇場(星ヶ丘)と大須シネマ(大須)は2月末に休業してからその後が杳として知れない。心配。あと、敢えて表には入れなかったけれど、多分愛知県下唯一の成人映画専門映画館の生き残り、尾西シネラマパワーもミニシアターエイド基金で支援できます!!よかったー!!とてもとても心配していた!!入ったことないけど建物から何から何まで貴重な文化遺産だと思うので…いつか終わる日が来るとしてもそれは今じゃないので…。だが今日じゃない(バトルシップ)!!がんばれシネラマパワー!! kakiotoshi-project.tumblr.com
*2:動画配信サービスVimeoを利用。Vimeoの会員登録が必要だけれど、無料会員で大丈夫。
*3:早見表にあるシネマテークとシネマスコーレの他、刈谷日劇と今池TOKUZOも支援対象になっています。
*4:寄付先が特定の劇場ではなくミニシアターエイド基金に設定されているグッズもあります。
*5:わたくしも関西ミニシアターの応援Tシャツ買いました。がんばれ〜!アップリンクの配信やおうち映画館も素晴らしい企画だと思います。映画は劇場で見たい気持ちはやまやまだけれど、円盤発売前や未発売の作品を配信で見れるのはうれしい。 www.uplink.co.jp www.dmm.com
Starting all over again / 田中俊介脱退と転校生とその他のこと
昨年2019年11月30日をもって、私の推しこと田中俊介くんは、自身が心から愛してやまなかった所属グループBOYS AND MENを脱退し、所属事務所からも離れ、フリーの俳優としての新しい人生を歩んでゆくことになりました。
実質活動休止状態になった2018年12月から約1年。グループ活動の一部休止を正式に発表した2019年3月*1から約9ヶ月。
本当に、本当に長い、先の見えないトンネルのような2019年だった。
己の気持ちの整理として、本当は脱退発表のすぐ後か遅くとも2019年終わりにはブログをしたためたかったんだけれど、いつまでもぐずぐずめそめそしたり年末年始でごたついたりしているうちにズルズルと2020年に突入し、もはや田中俊介くん節目の30歳の誕生日1月28日も通り過ぎてしまいました。やんぬるかな。
なので、全然節目でもなんでもない日にお気持ちブログをしたためています。多分間違いなくうんざりするほど長くてくさくさした話になります。
なるに決まってんだろ。推しが夢半ばで脱退したんだぞ。オタクの地が割れ天が砕け星が全て流れ落ちたって話だよ。
あまりにいろんな物事と感情が積み上がりすぎてどこから手をつけたらいいのかわからないけれど、つらつら書き連ねていこうと思います。くさくさが過ぎるのでお気持ちBGMも添えたり添えなかったりします。地獄の長文、適宜読み飛ばしてください。
終わりの始まりの始まり
U2 - You’re The Best Thing About Me (Official Video)
You’re the best thing about me
The best thing that ever happened a boy
You’re the best thing about me
I’m the kind of trouble that you enjoy
You’re the best thing about me
The best things are easy to destroy
You’re the best thing about me
Why am I
Why am I walking away?
君は僕の最高の出来事
少年の身に起こりうる最高の出来事
君は僕にとって最高の事件
僕は君の頭痛のタネみたいなもんだけど
君こそが僕の最高のもの
素敵なものはあまりに脆くて
君こそが僕の最上の美点
僕はなぜ
僕はなぜ立ち去ろうとしてるんだろう
本当にどこから手をつけたらいいのか。差し当たって時系列に沿って話を進めていくのがいいのかも知れない。以降、田中俊介くんのことは「田中俊介」「しゅんくん」「推し」と表記ゆれしまくりますが文脈で推測して下さい。
私がはじめに明確な異変を感じたのは、2018年11月28日の「ボイメンワールド」。
「ボイメンワールド」は、ボイメンのメンバーが各々自由な内容を展開する個人イベントで、この日の内容は、直前に行われた釜山国際映画祭レッドカーペット&楽屋裏のレポート映像と、いよいよ目前に迫りつつあったボイメンの大勝負・ナゴヤドーム公演に向けた決意表明ムービーの上映。動画の中で、ボイメンと自分の過去の歴史と活動を丁寧に愛おしげに振り返りつつ、ドーム公演という未来に向けた熱意を滔々と語るしゅんくんは、いつも通り自信とやる気と希望に満ちあふれた様子だった。
でも、ステージ上の当人は登場からずっとどこか落ち着かない様子で、目は潤み、声も細く弱々しく、動画を見ている間(実際のところ半分以上は顔を伏せていたように思う)ずっとハンドタオルで目元を拭っていて、さすがにこれはもう感極まってるだとかいう話ではなく、何かただならぬ事が起こっていると感じずにはいられなかった。
上映が終わり会場の観客に向けてイベント終わりの挨拶をする頃には、しゅんくんはもう涙も震えも抑えられなくなっていて、話をきちんと締め括る前に声を詰まらせ「ああ…もう無理だ、ごめん」とだけ言い捨ててそのままステージ袖に走り去ってしまった。いつもだったら、他の9人がいない個人イベントだからみんなの歓声を独占できるのが嬉しくて仕方ない!なんてニコニコ笑って、もっと名前呼んで!と観客を煽り笑顔で手を振りながら客席を練り歩いて、必ず会場に向かって丁寧に一礼してから退場する人なのに。
決してファン歴の長い方ではないけれど、田中俊介のそんな姿は見た事がなかったし、見る事になるなんて予想だにしなかった。
それなのに、数日後12月1日イオンモール岡崎でのベスト盤リリースイベントのしゅんくんは、ボイメンワールドでの様子が悪い夢か幻だったみたいに笑顔を振りまいていて、特典会も普段通りのご機嫌で、私はすっかりわからなくなってしまった。あの涙は、弱々しく萎れ切った姿は何だったんだろう。ひどく困惑したけれど、しゅんくんがそう見せたいならば余計なことは考えない事にしよう…と、脳裏をちらつくいくつもの最悪な想像には目を向けないことにした。イベントの直前にドーム公演に向けた事務所の決起集会があったみたいだから、そこで社長にまた無茶なことでも言われたのかな、なんて冗談まじりの話をしたりして。
見えないところで何が起こっていようと、知らされていないことは知らなくていいことか、知らない方がいいことだと思っている。
もし本当に何か隠している事があるとしても、向こうに見せたくない事情があるなら、わざわざ暴くことはしたくない。そもそもそんな立ち入った話を聞く権利があるとも思えないし、勝手にネガティブな憶測を膨らませて疑心暗鬼に囚われることも、それを周りに伝播することもしたくない。
それに、向こうはエンターテインメントのプロで、観客を笑顔にするのを何よりの喜びとしている人なのに、例えどんなに心配だとしても、何かあったの具合悪いんじゃないのと詮索するのは「観客を不安にさせるプロ失格の不完全な仕事をしています」と言っているのと同じことに思えて、私には言えなかった。(でも、結果から言えばこの先悪い想像はほぼ全て当たってしまうことになるんだけれど)
この日、他の田中推したちから、「11月10日のユニバ*2の時から様子がおかしかった!顔が怖かった!!」と言われた。でも、私は(これを書いている今でも)この日をどれだけ振り返ってみても、普段通り映画の話で盛り上がったり新しい仕事を嬉しそうにニマニマしながら匂わされたり…と楽しい記憶しかなかったし、写真の中の推しもご機嫌で笑っていたので、彼女たちの話を聞いても、それは考えすぎじゃないの、ていうかそんな不機嫌や不調を露わにするなんてまずない人なのにな、と思っていた。その時々に入っている演技仕事にテンションが引っ張られがちな人だから、大阪ではヒゲも生やしてたし*3何かまたバイオレンス系の役でも来てたんじゃないの、なんてその場では結論づけて、とにかくこの時は、そこまでの事態になるとは考えていなかった。ボイメンワールドでの異変はずっと気にかかってはいたけれど、生真面目すぎる、責任感の強すぎる人だから、ドームに向けて気負いすぎてしまってるのかもな、他に9人も仲間がいるんだからどうか肩の力を抜いてほしいな、とだけ願っていた。
不安と違和感がまたじわじわ侵食を始めたのはその翌日、12月2日イオンモール常滑のリリースイベント。
ライブ中、いつもだったら歌詞に合わせてくるくる表情を変えながら笑顔を振りまくしゅんくんの表情がどうにも硬い。動きにも覇気がない。いつもならMCの時は積極的に相槌や軌道修正を挟み込んで回し役のサポートにまわるのに、ずっと押し黙って会話に入ってこないし、目線はどこかおどおどして笑顔も口端を少し動かす程度で、とにかく硬くて暗い。こわばっている。
前日の岡崎は屋内ステージだったけれど常滑は屋外の海風吹きっさらしだから、いつも上機嫌なところしか見せなくて心配になるくらいの田中俊介だけど、寒さだけは苦手みたいで寒いと元気なくなるから*4そのせいかもしれない、と思おうとした。実際、1部の屋外特典会では、いかにも寒そうにベンチコートにくるまって縮こまっていたし。それに、リリイベとチケット手売りとドームのリハとその他のお仕事で時期的にもメンバー全員どう考えてもオーバーワークな頃だったから、いよいよ過労やストレスで体調を崩して無理をしていてもおかしくないようにも思えた。
でも、2部の屋内特典会になるといつもの笑顔が戻ってきて、列の後ろの方までガハハ!と普段通りの元気な笑い声が聞こえて来るくらいになっていた。
それでも、やっぱり胸の中にじんわり広がっていく不安と心配のいやな滲みはどうにも消せなくて、友達に「風邪か疲れか心労かわからないけど、どうにも様子がおかしくて心配なんだよね…」という話をしつこいくらい何度もこぼしたのを覚えている。
そして12月19日、ベスト盤リリース日のプライムツリー赤池で、異変はもう完全に決定的なものになってしまった。
表情はもう一切動かない。口は真一文字で瞳はうつろで光を失い、硬くて重苦しくて、いっこも楽しそうじゃないし、ましてや観客を楽しませようなんてところとは程遠い、「田中俊介」という人がライブ中に見せるなんて考えられない顔。最低限歌って踊って、どうにかライブをこなしてはいても、心ここに在らずで、ステージに立っているのが苦痛でしかないとしか思えない顔だった。
今自分は誰を見ているんだろうと思った。しゅんくんの顔と姿をしていても、あれは私の知っている田中俊介じゃない。ボイメンを心から愛して、エンタメに魂を捧げて、観客の期待に応え、それを上回って楽しませ喜ばせる事ばっかりを考えてるあの人じゃない。外側の入れ物だけ残して魂が抜け落ち、空っぽの人形になってしまったみたいだった。怖い、怖い、もうやめて、と何度も悲鳴を上げそうになった。パニックを起こして、ライブが終わってすぐ友達たちにどうしよう何が起こってるの怖いよと泣きついた。何が起こってるのかなんて、もうどうしようもなくわかりはじめていたけど、直視するにはしんどすぎた。
ライブ後の特典会、何を言えばいいのかあんなに悩んだ事はないと思う。散々悩んだけれど、思い切って「いよいよドームが目前ですけど、体調はいかがですか」と聞いたら、少しこわばった、けれど優しい微笑みを浮かべながら「ん〜?大丈夫大丈夫、普通普通」と言われたけれど、全然大丈夫でも普通でもない目をしていて、ああ、嘘をついているなあ、としみじみ思った。*5そりゃそうだよなあ、この過剰なくらい頑張りすぎる人が一介のファンに大丈夫じゃないなんて弱音を言うわけがない。でも君がそういうことにしたいなら、そういうことにされておくよ。ごまかされたことにしておくよ。大好きな人がこんなに苦しそうなのに、声にならない悲鳴を上げているのに、当たり前だけどただのファンごときには何にもできない。しんどいな、やりきれんな、と思った。今もずっと思ってる。
この日を最後にナゴヤドームまで、しゅんくんはリリイベからもBMシアターでのライブからも、公式twitterや、このところは休みがちだったとはいえ毎日あれだけ更新を欠かさなかったブログからも姿を消すことになる。
しゅんくんが表舞台から姿を消しているしばらくの間も、雑誌のインタビューや「ボイボイ無限大」の名作選で、元気だった頃の姿の貯金が少しずつ少しずつ払い出されるような日々が続いた。何だか、はるか遠くの星の光が遅れて届くみたいだなと思っていた。いま我々の目に届いてる星の光は、そこにあるように見えても実際ははるか昔に星を出た光で、その星そのものはもう存在しないかもしれないんだよなあ。
2019年1月14日のナゴヤドームライブ、正直、会場に入ってからしゅんくんのブログ*6更新通知がスマホに届くその瞬間まで出演を確信できなくて欠席でもやむなしと思っていたけれど、幕が開いたらしゅんくんはちゃんとステージに立っていた。おしゃれでやっているとは思えない明らかにどこかおかしい坊主頭で、若干顔色も悪くてむくんでるし、相変わらずこわばった苦しそうな表情のまま、ダンスや照明のせいだけじゃないと思われる汗をだらだら流していたけれど。
ちゃんとライブが終わる最後まで立っていられるのか、途中でぶっ倒れるんじゃないかと見ていてずっと怖くて気が気じゃなかった。何より、これまであんなに愚直に頑張ってきた人がようやく辿り着いた念願の夢の舞台なのに、それなのに万全の態勢で立たせてくれないなんて、羽根を折り丸裸にして放り出すなんて、運命ってやつはなんて残酷なんだ、神も仏もありゃしないって、ずっと悔しくて仕方なかった。そんな中でも折れずにステージに立つと決めたしゅんくんの決意を受け止めて応援しなくちゃと全力で名前を叫んでシルバーのペンライトを振ったけれど、でも、それでもとてもじゃないけど楽しいライブだったとは言えない。楽しいところがひとつもなかったわけではないし、頑張った他のメンバーにもスタッフの皆さんにも大変申し訳ないけれど。どうか最後まで倒れないでくれ、できれば一瞬でいいから笑顔を見せてくれ、一言でいいから言葉を聞かせてくれって、頭の中はそればっかりで、涙目でひたすら祈り続けていた。
あれだけしんどそうだったのに、ライブ終盤のコントコーナーでは急に見違えるように元気におじいちゃん役を演じていて、どういうことよ!と笑いながら、やっぱりそういうことなんだろうなあ、とぼんやり噛み締めていた。役を被れば、自分じゃない誰かになれば、少し楽になれるんだろうなあ。それでも最後の最後、オーラスのChance For Changeで会場にサインボールを撃ち込んでるときの「欲しい子〜?」っていう、久しぶりに聞けた、小さくかぼそいけれど優しい声は今もずっと忘れられない。
その後、約10日後のベスト盤のユニバに現れたしゅんくんは、プラチナブロンドの坊主頭になっていた。*7相変わらず表情はこわばったまま、目はうつろで顔色も悪く声もか細いままだったけれど、映画の話になると言葉に力がこもったし、1部から5部の長丁場をやりきって最後の5部の別れ際にはいつものサムズアップをしながら口元だけで少し微笑んで、今年の活動にも期待してろと心強い一言をくれた。
しゅんくんは折れてないし諦めてないし、どんなに辛そうでもその姿を隠さず晒していくことを選んだんだから、いち傍観者の私が勝手に折れてらんないよなあその覚悟見届けないとなあと、雪のちらつく帰り道を行きながらすこし泣いた。
翌2月3日に109シネマズ名古屋で行われた、ボイメンの水野、田中、小林、本田がそれぞれ主演を務めたオムニバス短編映画「ジャンクション29」の完成披露プレミア舞台挨拶。
映画関連のお仕事となればいつも以上に張り切って熱が篭るのがいつもの田中俊介だけれど、他のメンバーと共に劇場に現れたしゅんくんは、話を振られるまではずっと目を瞑り俯いたまま、マイクを持つ右手の手首を左手で固く握り締め、何かをぐっと堪えているように見えた。1月よりは少し回復しているようにも見えたけれど、まだまだ全然しんどそうで、それでもここに立つことを選んだ覚悟と責任感は紛れもなく田中俊介そのもので、全然泣くような映画でも話でもなかったんだけどずっと涙が止まらなかった。
この日は、夕方からシネマスコーレで田中俊介の主演作品「デッドエンドの思い出」とメイキングの上映後舞台挨拶も行われる事になっていた。でも、午前中に109シネマズで見た田中俊介はまだとてもじゃないけどひとりで舞台挨拶をこなせる状態には見えなかった。サポートしてくれる他のメンバーもいないのにどうなってしまうんだろう…と不安を抱えたまま劇場に入ったんだけれど、上映後の舞台挨拶で私は信じられないものを見る事になる。
上映後、「どうも!どうも!ありがとうございまーす!!」と元気よく満面の笑みで田中俊介が、私のよく知っている、明るく元気で溌剌とした姿の田中俊介が劇場に駆け込んできたのだ。
自分の目が信じられなかった。私は何を見てるんだろう?これがさっきまで青ざめて震えて今にも倒れそうだった人と同じ人間か?まるでこの劇場の中だけ去年の夏まで時間が巻き戻ったみたいじゃないか。
その後の握手会で会ったしゅんくんは、こんな姿見るのいつぶりだろうっていうくらい元気で、瞳もキラキラ輝いて、特別なときしかしないような力強い握手をしてくれて、*8感情がグチャグチャになったまま名古屋駅のトイレに行って、ああこれは、自分の勘なんて信じたくなかったけど、いよいよもってこれは認めざるを得ないなあと観念してしばらく泣いた。
しゅんくんは、ボイメンがつらいんだ。
好きか嫌いかじゃなく、ボイメンがしゅんくんをつらくさせているんだ。
あんなに愛して、すべてを捧げて、自分は一生ボイメンだから、いくつになっても学ラン着てみんなと笑ってたいから、だからこれからもボイメンを続けていけるように、名古屋に恩返しをするために自分にできることをやって、グループに還元していきたいんだって、そればっかりを口にしてきた人なのに、それを剥ぎ取られ、押し潰されそうになってるんだ。
そんな、そんなことってあるか。あんまりじゃないか。
見えない傷、見えない痛み(自分からも)
If you're ugly, I'm ugly too
In your eyes the sky's a different blue
If you could see yourself like others do
You'd wish you were beautiful as you
And I wish I was a camera sometimes
So I could take a picture with my mind
I'd put it in a frame for you to see
How beautiful you really are for me
君が醜いってんなら俺だって醜いよ
君の目には空の青さえ映らないの
もし君が他人の目を通して君自身を見られたなら
きっと思うはずだよこんな風に美しくありたいって
時々思うんだ 俺がカメラだったらよかったのにって
そしたらこの心に映る君をそのまま写し取れるのに
そいつを額に入れて君に贈るよ
君が俺にとってどれほど美しいかを君にも見て欲しいから
ここからは長くて情けない自分語りをすることになってしまう。でもちょっと我慢して聞いてほしい。
散々言われてきたことではあるけれど、体が傷を負ったり病を得たりするのと同じように、心も傷を負うし病を得ることもある。
でも、その傷も痛みも形のないもので、他人からはおろか、自分からも見る事ができない。目に見えないからなかなか自覚を伴わないし、症状の重さもはっきりとはわからない。例えば、打撲傷みたいにはっきりと大きなアザと腫れでもあれば、深い深い切り傷が口を開いてどくどくと血があふれていれば、これはただごとではない、何とかしなければと、他人にも自分にもわかる。でも心はそうじゃない。
そして、生真面目で人に頼るのが苦手な人ほど、目に見えない根拠のない苦しみを周囲に訴えたり、ましてや助けを求めたりする事は難しい。自分に堪え性がないだとか努力が足りないだとか思い込んで、どうにか飲み込もうとして抱え込んでしまう。でも、見えないからって傷を手当てせず無理矢理抱え込もうとすることは、その傷を上から更に殴りつけ切りつけ続けるのと同じことなんだ。
自分の話を書くのはしんどいし恥ずかしいけれど、私は小学校から高校までいわゆる「優等生」の「できる子」だった。勉強ができて、「長」のつく仕事や面倒事を率先して引き受けて、親や先生から「ひとに頼られることはあっても頼ることはない、ひとりで大丈夫なこども」と思われている子供。何より、自分で自分がそう思われていることを自覚していて、その道を外れてはいけないと思い込んでいた。自分は絶対にそう有らねばならないし、周囲の期待や信頼を裏切ってはいけない。
(今思えば、という話で、当時はわかっていなかったけれど)その思い込みの重圧は少しずつ心身を蝕んでいった。朝起きられなくなり、授業中もどうやら瞬間的に意識を失うように眠っているらしく、黒板からノートに目を移しまた顔を上げると黒板が全面書き替わっていることが頻繁にあった。教科書を開くと文字が全部緑や茶色に変色して紙から2cmくらい浮き上がって見えた。感情が高ぶったり緊張したりすると涙が勝手にぼろぼろ出てきて体がこわばり、見えない力に押されて椅子から落ちそうになった。尾籠な話だけれど、高校2年くらいで血尿と下血が止まらなくなった時はさすがに「これはもしかしたら死ぬような病気かも」と思ったけれど、ここまで心身が壊れても全部自分の弱さのせいだと思っていた。今思えば完全に異常で危険な状態なのに、助けを求めようなんてこれっぽちも考えられなくて、自力でどうにかできなければ死んでもまあ仕方ないかと本気で思っていた。意識を失うことやトイレが真っ赤になることより、人に助けを求めるような弱い人間なんだと知られて落胆されたり幻滅されたりする方がよっぽど怖かった。
そんな状態のまま高校を出て、最初の職場に就いた。どうにか日々をやり過ごしていたけれど、蓄積されてきた歪みは限界にきていた。そしてある朝の通勤中、職場が見える交差点まで来た時、そこから一歩も足が動かなくなり、そこまで来てようやく、ああこれはもう完全に無理なやつだ、と悟った。そのまま職場に初めての当日欠勤の連絡を入れて、でもそこからどうすればいいのかわからなくて、とにかく「こころの電話」に電話をかけてみた。何度かけても話し中で、世の中にあふれる悲鳴の多さをはじめて知った。このままでは自分が自分を許せず殺してしまうという明確な確信があったけれど、でも殺すのも、死ぬのも嫌だった。殺したい方の自分を黙らせてどうにか生きなくてはいけない。通勤経路に精神科があったのを思い出して、午後の診察の予約を取り、書店に行って精神疾患に関する本を探した。ようやく自分の中の「大丈夫じゃない」に向き合って、外側に助けを求める方法を探し始めた。
長々とした自分語りお恥ずかしい限りですが、私のメンタルブレイクダウン元年はこんな風に始まって、以来浮き沈みを繰り返しつつ現在に至っている。
確か椎名誠のエッセイだったと思うけれど、プロレスラー前田日明の「レスラーにとって、骨折や打撲のように後を引かず治るものは怪我のうちに入らない。捻挫や腱の断裂のような、先々までずっと後をひくようなものが本当の怪我だ」という談話を読んだ事がある。人それぞれではあるけれど、悲しいかな多くの場合、心の傷は後者の怪我だと思う。痛めた腱が天気や寒さで傷んだり捻挫した足首に捻挫癖がつくみたいに、一度治ったような気がしてもいつまでもいつまでもつきまとってくる。皮膚炎や神経痛みたいに季節性の周期も把握して、要注意の時期は安静にひたすら養生しながら暮らす必要もある。そして、花粉症をはじめとするアレルギーみたいに、急に何かのバケツがあふれてしまって、受け入れる事ができなくなることもある。
精神疾患に関する書籍を読み漁っていた時、精神疾患にかかる人の多くは「自分より他人に優しくて責任感が強く、何事も人任せにすることのできない生きることに対して真面目な人」だと読んだ記憶がある。*9本当にそうだと思う。そして、これはまるで田中俊介の紹介文みたいじゃないか。
田中俊介のファンになって、ボイメンの現場に通うようになって以来ずっと、この人はこんなに何事にも真摯に向き合い、常識では考えられないくらいストイックに努力を重ね、いつもひとの背中を押し続けて、じゃあ君の弱さはどこに吐き出して誰が受け止めてくれるんだ、と思ってた。もちろんプライベートの事なんて推し量りようもないから、きちんと何かしらの逃げ場や受け皿になってくれる人があるのかも知れない。そうであってほしい。それにしたってファンに見せる姿はいつも完璧超人すぎて、推しの人間らしいところたまには見てみたいよなんて冗談半分本気半分に何度も言ったこともある。
冗談半分ではあったけれど残り半分の本気の部分では、公式に「ストイックシルバー」なんて二つ名を授かるほど、謙虚で、勤勉で、心配性で、メンバーにすら弱みを見せたり頼ったりするのが苦手で、我欲を出さず、仕事でも握手でもいつもその場と相手に求められる自分を鋭敏に察知して演じ分けるような人が、どういう魔物に足を掴まれるか、ずっと知っていた。
ああ本当に、それにしたって、よりによってそのバケツがあふれてしまうなんて。一番大切に、一番強く想っていたものだから、仕方ないのかも知れないけれど。
眠れる獅子の長い眠り
同2月24日、愛知県下複数の劇場で行われた「ジャンクション29」封切記念舞台挨拶。
この日になると、しゅんくんの容態はかなり上向いているように見えた。午前中のうちはたどたどしかった言葉も午後にはかなり滑らかになって、本田くんと2人で受け持ったセンチュリーシネマでの舞台挨拶では、観客からの「作品内の別の役を演じるとしたら?」という質問に笑顔で「『バズる』の水沢紳吾さんの役ですね!合法的に本田くんをいたぶれるので」なんて冗談を飛ばせるくらいになっていて、全然泣く流れじゃないのにハンカチに隠れてこっそり泣いた。
その後、「実際に映画の設定と同じ29歳になってみてどう感じていますか?」という質問に、「今までぐわ〜っと水の中を進んできて…(クロールの動作をしながら)でも、もしかしたら息継ぎも必要なのかな?みたいな感じというか…。僕ら『アクアマン』*10ではないので、息継ぎなしにぐわ〜っとはいけなくて、あれっ?おかしいな苦しいぞ?みたいな…やりたい気持ちはあるのに思うようにやれなかったり、進めなくなったり…うまく言葉にできないんですけど、そういう事に気付かされる歳というか…」と、考え込みながら丁寧にぽつりぽつりと返す姿に、思わず胸が詰まった。すごく大切な話をしてくれていると思ったし、弱みを見せたりつらさを訴えたりすることが苦手な人が、どこから見ても死にそうにつらそうで全然大丈夫じゃないのに「大丈夫大丈夫」と言っていた人が、今はこんなデリケートな胸の内を吐露してくれている。おこがましいかもしれないけれど、ファンのことを信頼して、寄り掛かってくれるようなったのかもと感じた。信頼して、寄り掛かってくれるなら、こっちもどこまでも誠実に応えたいと思った。ファンにできることなんてそれくらいしかないけど、それくらいしかないからこそ全力で応えたい。
このイベントの後、翌月3月に公式ブログで田中俊介のボイメンとしての活動の休止が発表されて、薄ぼんやりとした不安と心細さと微かな期待が絡まりあったままボイメンと田中俊介両方を追いかける、心がぐらぐらして休まらない2019年が始まった。
ボイメンを離れた田中俊介は、見違えるように溌剌として精力的にどんどん新しい分野にも進出しながら個人の仕事をこなしていった。追いかけるこちらは現場の数も遠征もボイメンの頃と同じか、特に遠征に関してはもしかしたらそれより多かったかもしれない。*11療養のために活動を休止している筈が全然休んでいる様子はなくて、さすがに少し疲れが溜まって見える時もたまにあったけれど、それでも舞台挨拶ではいつも笑顔を振りまいて、軽快な喋りで会場を笑わせて、握手の時には固く手を握り返しながら「ありがとう」「一緒に頑張ろうな」と、絶対自分の方が苦しいだろうにこちらの背中を押してくれて、ああ、私のよく知ってる田中俊介が帰ってきたんだなあ、と思った。
でも、あれだけ「『BOYS AND MEN』!『BOYS AND MEN』の田中俊介です!!」と、水野勝に「選挙かよ」って笑われるくらいどこの仕事でも必ずグループの名前をゴリ押ししていた人が、絶対に「ボイメン」という単語だけは口にしなくて、プロフィールや肩書きからもBOYS AND MENの名前は除かれていることがほとんどだった。口にするのも耳にするのもつらいからかも知れないし、自分の我儘でグループに負担をかけていると思い込んで無用な後ろめたさを感じていたのかも知れないし、グループの名前には頼れないと意固地になっていたのかも知れない。どれも違うかも知れないし全てかも知れない。それがすごくすごくつらかった。
それに「ボイメン」というものを避けているであろう人を、「ボイメン田中俊介」のファンだと本人にバレている私が追っていていいんだろうか。田中俊介の動員の数字にはなりたいけれど、客席にいるのを見つかったら、サイン列に並んだら、ボイメンのことを思い出したり復帰へのプレッシャーになったりして苦しめることになるんじゃないだろうか。
そんな私にわかるはずもないことで、頭の中がいつもぐるぐるして悲しかった。
ボイメンの側も、頼れる兄貴分であり実質No.2の存在を思わぬ形で失って、はじめのうちはなかなかバランスを取れず戸惑っているように見えた。ファンと同じように、メンバー側もまさかよりによって田中俊介が躓くなんてことは想像してなかったんだろうと思う。100人近くの中から次々にこぼれ落ちていって10人まで絞り込まれたボイメンだけれど、その中でもはじまりから今までずっと折れることなく先陣を切ってきた人、ここだけは欠けることはないだろうと思っていた一角。それが欠け落ちてしまった。
でも、崩れた均衡は少しずつ建て直されて、日頃からどんな変則メンバーでもライブをこなせる柔軟さや全員が喋れるよう鍛えられてきたバラエティ力がものを言って、今までレギュラーのなかった地方局の仕事や全国放送の個人仕事もどんどん勝ち取っていった。シンカリオンとその劇場版での躍進なんてめざましいの一言だったと思う。でも、ライブ活動は名古屋の持ち箱BMシアターでのものが主、新譜リリースもシングル2枚アルバムなしだったし、ライブでも田中不在で発表した新曲は別としても、既存曲のフォーメーションでの田中俊介の立ち位置はほとんどの場合そのまま空けて、銀色の学ランが帰れる場所を残しておいてくれていた。田中推しの欲目かも知れないけど、できるだけ田中俊介とそのファンを置いて行かないように、遠くまで走るんじゃなくてその場でより高くジャンプしながら、仲間を支えるための力を蓄えつつ待っているような、帰って来られる場所を守っているような、そんな活動をしているように見えた。
だけど、相変わらずラジオやMCに田中俊介の名前がのぼることはほぼなかった。本人がやめてくれと言ったのかも知れないし、メンバーたちの戸惑いや不器用な気遣いの表れだったのかも知れない。でも私はいちいち現場のたびに、今日もしゅんくんの話出なかった…なんて落ち込んでいじけていた。ごく稀につじちゃんたむちゃん吉原くんがリプライを送ってくれたり、本田くんがインスタライブで話題に出してくれたりする事があって、そんな時は砂漠に雨が降ったみたいに飛び上がって大喜びした(田中側からのリアクションは頑になかったけれど)。けんちゃんも、メンバー全員の写真をブログに上げる時には10人揃ったものをピックアップしてくれていた。
特につじちゃんは、本人以外へのリプライでも「うちの眠れる獅子のシルバー」と田中俊介を話題に出してくれたし、ライブでは「9人でもこんだけすげーんだから10人になったらもっとすげーぞ!!」と会場を煽ってくれた。プライベートでも時間を作って田中俊介の出演舞台の観劇にも行ってくれた。つじちゃんのしゅんくんを諦めない姿には、どれだけ励まされたかわからない。
先にグループ本体を好きになってから推しを見つける人もいれば、推しを好きになったから所属しているグループも好きになる人もいる。*12
私の場合は、まずうっすらとボイメン本体の存在を知って、その後田中俊介のこともボンヤリと知り、「たぶん私はこのグループが好きだし、中でもこの人のことが大好きになる気がする」と狙った沼に飛び込むような形でボイメンを好きになった。その後、田中俊介のグループへの深い、ちょっと深すぎるくらいの愛情を知るほどに田中俊介のことが一層好きになったし、ボイメンの他のメンバーたちも負けないくらいグループを、そしてお互いを深く愛し、信頼し、強い絆で固く結ばれていたからこそ、BOYS AND MENというグループを大好きになった。
ややこしい書き方になってしまったけれど、つまり、私の好きな田中俊介は「ボイメンが大好きな、いつもボイメン最優先の田中俊介」だったし、私の好きなボイメンは「仲間を愛し、支えあい、絶対に諦めないボイメン」だった。どちらが先でも後でもなく、その両方があったからこそこんなにボイメンと田中俊介を好きになれた。もしそれが夢物語だとしても心からその夢を信じることができた。だから、田中俊介とボイメンには常に相思相愛であって欲しかった。でも、今やその確信を得るのはとても難しくなってしまって、想いが通じ合っていると信じられなくなりそうで、ひたすら苦しかった。
「転校生」はどこへ
ボイメン休止中に田中俊介が出演した舞台はふたつあって、ひとつは朗読劇「ダークアリス」*13。そしてもうひとつが、舞台「転校生/男子校版」。*14つじちゃんに少し遅れて私が鑑賞したのは、2019年8月26日(月)の千穐楽公演だった。

舞台はとある男子校。物語は、ある朝突然に転校生が現れるところから始まる。
転校の理由を尋ねられ、「わからないけれど、朝起きたら今日からここに通うことになってた」と、筋の通らないことを言う彼を、クラスメイトが「カフカの『変身』じゃん!」とからかう。ある朝目覚めると、巨大な虫の姿になっていたグレゴール・ザムザ。ある朝目覚めると、転校生になっていた彼。ある日突然、前触れもなく、抗うこともできないまま不条理に訪れる望まざる変異。剥ぎ取られる外見、名前、居場所、アイデンティティ。
ちょうどクラスでは「世界の高校生について」というグループ研究課題が出されている。“転校生”が加えてもらったグループにはリーダー的に信頼を集めている“シュンスケ”がいる。世界の高校生について各々が集めてくる情報は、内戦や対立といった不可抗力に、理不尽に学ぶ場所を奪われたり命そのものを脅かされる高校生の話がほとんどで、遠い国の他人事のように話していてもどこか仄暗く重苦しい。
やがて物語の終盤、卒業を間近に控えているのに、レポートの完成も見ることなく“シュンスケ”が親の都合で遠くの学校に移ることが明かされる。
今度は彼が「転校生」になるのだ。
俺は行かなきゃいけないから、レポートの続きはお前に任せた、本当は見た目ほど仲良くもないけどさ、でもみんな大切な仲間だよ、と“シュンスケ”は“転校生”に語りかけながら、ここは◯◯の席、ここは◯◯の席、と教室の机をひとつひとつ愛おしげに撫でて、最後に、ここが俺の席、と宣言し、自分の席を示す。その“シュンスケ”の姿と、カーテンコールで傍目からもわかる深い敬慕をもって出演陣に囲まれ、その真ん中で幸せそうに一緒に泣いて笑っている田中俊介の姿が、私の頭の中で次第に境界を失い混じり合い、心の中はかき乱されてぐちゃぐちゃになってしまった。
これはお芝居なんだと分かっていても、席を蹴って立ち上がり叫びたくなった。君の席はそこじゃないでしょ。いや、確かにそこにだってどこにだって座っていいし、いつか自分の座りたい席ならどこにでも座れる人になって欲しいと願ってきたけれど。でも、君の本当の席は名古屋にあるじゃない。帰ってきてくれと願う君の仲間たちがそこでずっと待ってるのに。幕が下りても気持ちがざわついたままで、ねえつじちゃん、と心の中で何度も呼びかけた。つじちゃんこれ見てどう思った?つじちゃんあそこからあの人を引っ張ってきてよ。名古屋から転校なんてさせないで、取り返してよ。そんな風に、小さい子供みたいにむずがって泣きわめきたかった。
「人間の存在は、明日の朝起きてみると虫になっているかもしれないほどに根拠がなく不確実です。それでも、私たちは、この「生」を受け入れなければならない。(中略)出演するみなさんは、もう一つ、才能という不条理に立ち向かわなければなりません。俳優を続けるなら、それと戦い続けなければなりません。もしこの舞台が、その一つの出発点になるなら幸いです。」
平田オリザ
「今回、全員がプロフェッショナルな俳優を目指す、あるいは俳優になると決めている方という条件を前回よりもより強くオーディションの時に皆に言いました。じゃあ、プロってどういうことなんだろうって、よく考えるんですけど。あきらめないですよね、これで、この仕事で、この役者という仕事で、生き残るんだ、って。映画監督も同じですが、継続ですよね、絶対に。覚悟の問題だと思います。」
本広克行
(舞台「転校生」パンフレットより引用抜粋)
2018年1月24日、29歳の誕生日を控えたボイメンワールドでしゅんくんは、ボイメンに加入し芸能の道に進む決意を固めた20歳の時、両親から「30歳までは好きなように頑張りなさい。でも、30までに芽が出なければ諦めて帰ってきなさい」と告げられたことを教えてくれた。遡って2017年9月13日のBM SHOP&CAFE店長イベントでは、「自分はいくつになってもボイメンのつもりだし、ボイメンというグループが続いていけるようにできる限り努力し、グループに還元していきたい。でもそのためには各メンバーが一人でもやっていけるくらい個人の力を伸ばす必要があるし、それを怠ったらこの先、長くても…保って2年ってところじゃないかな」と話していた。
なんて悲観的だよ、とも思ったし、ちっとも浮かれず地に足をつけて現実的に先を見据えているんだな、とも思った。それにしたって、ひとの人生が5や10の倍数刻みでキリよく進むわけがないんだから、妙な「30歳の呪い」みたいなものは捨てて欲しかった。この呪いも現状しゅんくんをこんな状態にしている一因なんだろうなと今も疑っている。
だから、「ここは、俺の席」と噛み締めるように言ったセリフが、役が言わせているだけではない田中俊介自身の、ここで、舞台の上で、客前に立つ世界でこれからも生きていくという強い覚悟の響きを帯びていたのはとても嬉しかった。でも同時に、グループには戻らずひとりの俳優として生きる道を選び、名古屋を離れ、自分ひとりの足で歩いて行ってしまう未来を宣告されたような、そんな、取り残されるような心細さに胸を締め付けられた。
I have a bad feeling about this
悪い知らせはスマホの通知音が鳴った瞬間わかるのは何故なんだろう。
恐る恐る画面を見て、通知に並ぶ「田中俊介に関するお知らせ」の文字に、ああ、ついにその時が来たか、と下唇を噛んだ。それにしたって何で11月30日なんだ。早すぎないか。むやみに几帳面な人のことだから、いい知らせでも悪い知らせでも、何かあるなら年が終わる12月31日か誕生日の1月28日か、休止を発表した3月14日だと思っていた。もしかしたらボイメンワールドから1年だったのかも知れないし、事務処理の都合かも知れないし、特に何の節目でもなく、キリがいいわけでもなく、ただその時が来ただけかも知れない。
でも、最近はすっかり元気になって「信じてついてきてほしい」なんて言うようになっていたし、ボイメンの側でも「10人になったら…」とライブのたびに言ってくれていたから、ちょっと油断していた。事態がいい方向に転がるんじゃないかって、甘い夢を見ていた横っ面をひっぱたかれてしまった。
ついに知らされた病名は「適応障害」だった*15。そうだね。そうだろうね。知ってた。
本当に、本当に、身を裂かれるように悲しかったけれど、同時に「よかったね、これでもう苦しくないね」とも思った。休養するためにグループを離れてたのに結局みっちり映画に出て舞台に立ってファンとの接触もこなして、全然休んでなんかいなかった。(多分、しゅんくんにとっては必要なリハビリでありセラピーの面もあったんだろうけれど)何より、おそらくしゅんくんを苦しめる原因になっているボイメンとのつながりを絶たないのはどう考えても適応障害にとっていい状態とは言い難かっただろうし、責任感が強すぎる人にとってはむしろ「メンバーとファンを待たせている、迷惑をかけている」って己を責め続ける要因にもなっていたんだと思う。
そんなの全然迷惑じゃないし全然待たせてくれてよかったのに。心の病がこんな甘っちょろい休養で治るもんじゃないことくらいこっちは身をもって知ってるんだ。覚悟はできてるんだから、何年だって待たせて欲しかった。だけど、これもしゅんくんを苦しめることにしかならないこっちの勝手な願望なんだよなあ。
あの人は、ファンとそして多分メンバーの「待たせて」「行かないで」にボロボロになりながら1年弱応え続けてきたんだと思う。12月の握手での、全然大丈夫じゃない顔で「大丈夫大丈夫」と言っていた顔がよぎる。もう頑張らせちゃいけないよなあ。これ以上苦しんでほしくない。本当にしゅんくんのことを思うなら、いい加減ここで幕を引いて、自由にしてあげなきゃいけない。今までありがとう、苦しませてごめんね。これでやっと楽になれるね。
しばらくの間うまく悲しむこともできずにいたけれど、すぐに水野を筆頭に続々とメンバーのブログが更新されて、メンバーと一緒に少しずつ悲しんだり泣いたりできるようになった。みんな心から悲しんで、苦しんで、ギリギリまでどうにかできないか必死にあがいた上での苦渋の決断だということが伝わってきた。けんちゃんのブログには仲間を救えなかった悔しさがありありと滲んでいたし*16、吉原くんの仲間をかばう優しさにはボロボロに泣かされた*17。いつも言葉数は少ないけれど誠実で正直な勇翔のブログも深く心に染み入るようだった*18。
待ち望んでいたつじちゃんのブログは、最後の最後にやってきた。ああ、ここに全部の答えと欲しかった言葉があった、と思った。つじちゃんの実直な言葉と優しさが私は本当に大好きだし、宝だと思う。
憶測や疑心暗鬼に囚われたくないとか言って、結局はそれにふりまわされていたな、と思った。田中俊介とボイメン残り9人の絆を疑った自分を恥じた。誰が一番苦しんでるかなんて考えなくても分かりそうなもんなのに。この10人以上に深く苦しみもがいた人も、悲しんだ人もいるはずがない。その10人が悩んで、悩み抜いて、これが最善だと信じた選択を、悲しみこそすれ誰が責められようか。
それに、やっと、ここから始まるんだと思った。戸惑いうろたえながら問題を保留して引き伸ばしても状況が解決しないなら、ここで一旦終止符を打って、どちらも新しく仕切り直す時が来たんだ。メンバーのみんなもブログに書いていたけれど、お互いが思い合ってさえいれば、いつになるかはわからないけど、この先きっとまた運命が交わる時は来る。ここで全てが終わりじゃないし、むしろ回復と復帰の可能性は前より出てきたんじゃないか。実際にそういう奇跡の復活や再結成をいくつも目の当たりにしてきた諦めの悪い洋楽畑の人間だから、未来を信じて待つことには慣れてるんだ。新しいスタートを切ったばかりの人たちにもう復縁の願望を抱いて申し訳ないけれど、気は長い方だし、今度こそ心置きなくしぶとく待たせてもらおう。だからいつか、元気になったら、心の整理がついたら、また学ラン着てみてもいいかななんて思えたら、いつでも帰ってきてよ。期待してないふりしながら待ってるよ。
でも、そのためにはボイメンも田中俊介もお互いに、いつか来るその日まで生き残っていかなくちゃならない。特に、フリーになった田中俊介にはもう後ろ盾も何もない。そういう現実はあるけれど、でもこれまで10年、夢と理想を掲げて突っ走り、力技でがむしゃらに現実を乗り越えて来たんだから、いつかきっとこの夢も叶えてくれるんじゃないかと思っている。夢叶えてなんぼのボイメンだから、この人たちならきっとやれると信じさせてくれる力のある人たちだから、そう信じて祈ってる。
エンドロール
なんてうんざりするほど長い話だったんだ。しかも読みにくい。
ここまで読んだ人いますか。すごいな。お疲れさまでしたそしてありがとう。なんてもの好きな人なんだ。ほんとありがとうね。夢、信じて叶えていこうな。
シメとして、ボイメンと田中俊介にもこんな未来が来たらいいな、と思っている曲を紹介します。BON JOVIがほぼほぼバンドの死みたいな活動休止から復活して最初に出したアルバム「Keep The Faith」のボーナストラックです。明るい曲なので、最後はぱーっと楽しく終わりましょう。
I've been waiting, standing in the dark for hours
Tryin' to find the faith and the power to get back home to you
It's been a long time, long time since I've seen your face
On and on I could not replace the fire that burns for youSo here's to the good times, here's to the bad
Here's to the memories that we all had
Here's to tomorrow, let yesterday pass us byTonight we'll be starting all over again
And it feels like the first time
I'll never feel this way again
Starting all over againDo you remember, remember the odds we were given
When we had nothing and we thought that was living
It's been such a long, long roadHere's to our old friend who helps us get by
Here's to the dreamers, may the dreams never die
If we believe we can keep all the good times aliveTonight we'll be starting all over again
And it feels like the first time
I'll never feel this way again
Whoa,tonight we'll be starting all over again
And it feels like the first time
I know whenever we're together my friends
It's like starting all over again
ずっと待っていたよ 闇の中に立ち尽くして
信念と力を掴み取ろうとしてたんだ 君の元に、帰るべき場所に戻るため
随分経っちまったな 最後に顔を合わせた日から
それでも君へと燃え上がるこの情熱に代わるもんなんてなかったさあ乾杯しよう健やかなる時に 乾杯しよう病める時に
乾杯しよう 俺たちの思い出その全てに
乾杯しよう明日の日に 過ぎ去った昨日は流れゆくままに今夜、またイチからはじめよう
まるで初心に帰ったみたいだよ
二度とこんな気持ちにはなれないさ
もう一度振り出しからはじめよう覚えてるかい、あの頃の俺らに勝算なんてもんどれほどあったか
手の中には何にもなくて、でもそんなもんだと思ってた
とんだ長い道のりだったよな 長い、長い道のり乾杯しよう支えてくれた古い仲間に
乾杯しよう 夢見る者に 色褪せぬ夢よ永遠なれ
俺らがそう信じれば 最高の時間はもうずっと俺たちのものだから今夜、またイチからはじめるんだ
まるで初心に帰ったみたいにさ
二度とこんな気持ちにはなれないよ
仕切り直していこうぜ
生まれ直したみたいな気持ちだよ
仲間と共にあれば信じられるんだ 友よ
さあもう一度はじめよう
*1:
*2:ユニバ=有名なテーマパークのことではなく、ボイメン界隈においてはUNIVERSAL MUSIC主催で行われるCD予約特典2shot会のこと。ここで指しているのは2018年11月10日、大阪ビジネスパークで行われたシングル「炎・天下奪取」予約特典2shot会。
*3:後でわかったことですが、翌日にゲスの極み乙女「ドグマン」のPV撮影が入っていた。
*4:2017年から田中俊介を推すようになって、唯一若干元気のなかった接触が、2017年3月の春先とは思えない凍えそうに冷たい雨の降るツタエルトラベルDVD屋外サイン会。
*5:Twitterにアップしている接触絵日記、過去一度も話を盛ったことはなかったけれど、いま懺悔するとこの日のレポだけは少し嘘をつきました。レポには私に体調を気遣われたしゅんくんが目を瞑ってリラックスしてる風に描いたけれど、本当は、自身がファンの前なのにうまく体裁を繕えていないことを悟って、目を瞑りどうにか感情を整えようとしている様子だった。思い出しててつらい。あんな風に頑張らせたくなかった。
*6:
*7:今年2020年公開予定、映画「タイトル、拒絶」の準備期間だったんだと思います。撮影は2019年2月上旬。一足お先に東京国際映画祭で鑑賞しましたが、素晴らしい作品なのでおおいに期待してください。
*8:ボイメンの中でも際立って握手がソフトタッチなことにかけて定評のある田中俊介。蛇足ですが反対に手の骨砕けそうな握手をするのがテーマカラー赤色辻本達規。
*9:確か笠原嘉「精神病」だったと思うんですけど自信がない。
*10:当時ちょうど封切られたところでした。
*11:北海道から沖縄、さらに韓国まで。私はさすがに全部は追い切れませんでした。無理しすぎてもいいことないからね。
*12:もちろん特定の推しがいない箱推しだったり2推し3推しということもあるけれどここでは割愛。
*13:
*14:
*15:
*16:
*17:
*18:
【映画感想】『恋のクレイジーロード』と田中俊介と地獄のハニーバニー&パンプキンパイ
※鑑賞当時書いたものを下敷きに改稿しています。
先日2018年5月5日、推しことBOYS AND MEN田中俊介くんと芦那すみれさんのW主演の短編映画「恋のクレイジーロード」(白石晃士監督・脚本)初日舞台挨拶上映を見に、名古屋シネマスコーレまで行ってきました。
まずは予告をご覧ください。
以下、映画のネタバレを完全に含んでいます。
また山に死体を捨てに行っている。
この作品、そもそも名古屋のインディー系ミニシアター「シネマスコーレ」の副支配人・坪井篤史さんが東海テレビの映画情報番組「映画MANIA」での共演をきっかけに田中俊介と出会ったのち、田中の初主演作「ダブルミンツ」*1で俳優・田中俊介に病的なまでに惚れ込み、周囲の映画監督に彼を熱烈にプレゼンしてまわった結果、ニコニコ動画で「白石晃士と坪井篤史の映画狂人ロード」を共に放送している白石晃士監督の「ぜひ私の映画にも出て頂きたい」という直々のオファーを引き出し実現した作品なわけですが。*2
超共依存の男と男が山に死体を捨てに行くところから始まる作品を発端に作られた作品が、その翻案かアンサーソングのように今度は超共依存の男と女が山に死体を捨てに行くところに始まり、しかも「ダブルミンツ」でみつおを演じていた田中俊介が、今度はみつおの女の子版みたいな女子と一緒に、というのは、映画ダブルミンツファンには早々にクスッとできるポイントではないでしょうか。
死体を捨てに行っているっていうのは映画の終盤に明らかになる事実なのでブログのしょっぱなに書くようなネタではないんだけれど、宙也(田中俊介)とすみれ(芦那すみれ)が抱えるトランクのさびれた田舎道を行くバスには不釣り合いな大きさと、矢島(細川佳央)の「何これ臭!中身なに?ゴミ?」というセリフと、ゴミを捨てに山に向かっているというくだりで、ごくごく自然に「そうか〜死体が入ってるんだなあ〜」と思ってしまったのは、私がわるい映画やドラマを見すぎているからではないと思う。多分。
バスの最後部座席につがいの小動物のように丸まったふたり。柔らかなキャメル色のダッフルコートにくるまって見るからにおどおどした態度の宙也よりも、黒づくめのゴスファッションに身を包み高圧的な態度のすみれの方が、内心どこか不安を抱えているように見える。*3
そして、そこにすみれの不安を具現化するように女装男(宇野祥平)が姿を現す。
多重人格者で殺人者の恋人、密かに宿しているその恋人との間に授かった命、トランクの中に詰まった死体、何にもない終点に向けひた走るバス。
宙也にどれだけ愛情を注がれていても、どれだけ虚勢を張っていても、すみれの行く先は迷いと不安だらけのどん詰まりだ。
一方、突然現れ宙也に熱烈に求愛しすみれに宙也との別れを迫る女装男は、宙也と同じ殺人者で、何の躊躇もなく死体を増やし、妊娠することもなく、赤信号も無視してバスを爆走させる。女装男は、すみれの抱える一切の不安から解き放たれている。
すみれがそれでも宙也と離れない道を選び、宙也も弱さを振り切ってふたりが女装男に立ち向かった瞬間、映画にマジックが起こる。
ここからのくだりは同時上映の「メイキング・オブ・クレイジーロード」*4を見て鳥肌が立ったんだけれど、「シングルマン」で監督のトム・フォードが恋人を喪ったコリン・ファースの芝居にカットをかけず撮り続けたように、白石晃士監督も人格が入れ替わり豹変する田中俊介の芝居に本来の場所でカットをかけず映画は走り続ける。赤信号でもレッツラゴーだ。
己と同じ異形の本性を顕にした宙也を見て女装男が上げる歓喜の叫びは、そのまま演者・宇野祥平の、白石監督の、そして我々観客のそれだったと思う。それ!いつだってそれが見たいんだ私たちは!
ここのシークエンスでの女装男の涙が本来シナリオにはなかったものだとパンフレットで知ってとても驚いたんだけれど、涙の理由について宇野さんは「うーん…ちょっと覚えてないですね。でも、寂しかったっていうことですかね。寂しいというか、『受け入れてもらえなかった』という感じかな」と話していて、それはつまり、女装男にとって宙也が、探して探してやっと見つけた運命の同じ生き物であると確信させた上で、それでも選ばれなかった、という拒絶に対する感情を揺さぶった結果の涙ということで…それには、田中俊介=宙也が怪優・宇野祥平=女装男と同等かそれ以上の熱量と狂気を全力でぶつけて感情を引きずり出す必要があったわけで…。田中俊介、いい仕事したなあ!!(推しなので屈託なく褒めます!)
カットが変わりラストシーン。
夜の闇の中、今度はバスを走らせているのはすみれで、もう迷いも不安も消え去っている。
妊娠を打ち明けられ、幸せそうに、そしてどこか妖しい微笑みを浮かべて寄り添うふたりの黒髪と黒い服が薄闇の中で溶け合って、結合性双生児のようでもあり、真っ黒な比翼の鳥のようでもあり…。
私はこのシーンがとても好きなんだけれど、(主演おふたりの顔立ちも手伝って高橋葉介先生の絵のようで。画像参照。)これは驚いたことに撮影期間1日という超強行スケジュールがズレこんでラストシーンが予定外に夜になってしまった結果だそうで。でもこれも結果オーライの映画のマジックじゃないのかな。

これは全く蛇足なんですが、わるい映画のわるい影響を受けて育ってきてしまったので、最後の最後にバスが大揺れするなどしてふたりに包丁が突き刺さったり、バスの横っ腹に突然トラックが突っ込んできたりして暗転、ってなるかと思ったりもしたけどならなくてよかったです。ハッピーエンドでよかった。(ハッピーエンド?)
あと、死体が小分けして真空パックされてるのが几帳面でキュートだな〜と思いました。
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前述の通り、この映画は坪井さんのいわば“俺の推しを俺の推し監督に撮ってもらい俺の映画館でかけて世間に見せびらかしたい”というオタクの夢の具現化みたいな映画なんですけど(いいなー)、このオタク(便宜上オタク呼び失礼します)なんせコネクションが太いので、これを書き直してる2019年下旬に入ってもまだこの先の上映予定が控えてるし、これをひっさげて新たな監督に推しを撮らせるプレゼン宣材にもなってるんですよね。(いいなー)短いけれどコンパクトにまとまった推しプレゼン資料…。*5
そして実際これきっかけで自作に田中俊介を招聘してくれている監督はその後続々と続いてるんですけど、まだライアン・ゴズリングのレフン、デンゼル・ワシントンのフークアみたいな“俺のミューズ”監督は現れてないと思ってるので、まだまだこれから田中俊介争奪戦が起こってくれるといいな〜と期待しています。
メイキングでも言われていますが、本人も「映画の道具」になりたい熱意おおいにある人なので、どんどんいろんな作品と監督の道具になって、この先もいろんな顔と魅力を開花させていって欲しいな。*6
*1:2017年、内田英治監督・脚本、原作・中村明日美子、淵上泰史さんとのW主演
*2:坪井さんは「恋のクレイジーロード」のプロデューサーにも名を連ねており、その後1年以上に亘る全国舞台挨拶上映行脚に出掛けています。2019年8月現在まだ終わってません。
*4:なんとメイキングの方が本編より長い。本編18分、メイキング29分!
*5:しかし往々にして同時上映になるプロデューサー個人の密着ドキュメンタリーが一番長いのには閉口しております50分くらいある…。恋クレ同時上映は超エドガーケイシー+恋クレ+メイキングの3本立てが一番好きです。
*6:でもボイメンにも帰ってきてね…。2019年8月現在、まだグループ活動お休み中です…。
Beautiful Day / 推しと仲間と希望のパンくずのこと
推しことBOYS AND MEN田中俊介くんの出演する少年社中さんの朗読劇「ダークアリス」を観劇しに池袋まで行ってきました。*1
※このエントリーは朗読劇「ダークアリス」のネタバレを含んでいます。
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田中俊介君の出演回は5/31の昼・夜の2回、共演者は小島梨里杏さんと永塚拓馬さん。
あらすじをざっくり言うと、小島さん演じる主人公の亜梨沙が、無自覚のうちに犯していた「己の罪」の正体を知るため、「アリス」として不思議な世界を巡り、その世界の住人と出会っていく中で、犯した罪とは何だったのか、そして本当に大切なものは何だったのかを知る…というお話。
たどり着いた亜梨沙の罪の答えは、他人や職場という周りばかりを尊重し自分自身をないがしろにすることで、結果的に亜梨沙の最愛の人である恋人・佑にとって一番大切な、かけがえのない宝物=亜梨沙を壊し、佑の心までも傷つけていたことでした。
田中俊介くんが演じていたのは、物語の狂言回し的なポジションになる全体の地の文の語り部と、不思議の国で亜梨沙を導いていく黒うさぎ。
語り部の深く落ち着いた声色と、黒うさぎの時にコミカル、時に感情をほとばしらせる声色の使い分けが印象的でした。*2
そんな中、何より感情が揺さぶられたのが、物語のヤマ場で黒うさぎが亜梨沙に向かって訴えるこのセリフ。
「君は君自身を傷つけすぎたんだ」
「君は君が思っている以上に価値があるんだ。簡単に傷つけちゃいけないよ」
そ、それは……それは君が去年調子を崩してグループを離れて以来、ずっと我々ファンが君に言いたくても言えなかった言葉じゃないですか……。
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奇しくもこの公演の当日、地元から東京に向かう朝、U2*3の実に13年ぶりの来日公演が告知され、わたくしもう舞い上がってしまって、公演の直前までそして終わって地元に帰るまでspotifyでずっとU2を聴き続けていたんですね。*4
わたくし常々、「エモーショナルなロック」が「emo」の定義ならばこの世にU2とBON JOVIよりエモいバンドはいないと思っていて。本当に、本当にこんなにも、粉々に砕けそうな心に寄り添って、包み込んで、支えてくれる音楽は他にないんですよ。
脱線気味にはなりますが、打ち砕かれて折れそうな心に染み渡る名曲・わたくし内ランキング永遠の殿堂入りの大名曲「Beautiful Day」をここに紹介させてください。いいじゃん俺のチラシの裏だから。毎度ながら拙訳の意訳ご了承ください。
The heart is a bloom, shoots up through stony ground
But there's no room, no space to rent in this town
You're out of luck and the reason that you had to care,
The traffic is stuck and you're not moving anywhere.
You thought you'd found a friend to take you out of this place
Someone you could lend a hand in return for grace
心は花のように咲き誇り 石ころだらけの地面を突き破り芽吹く
でももうここに居場所はない 借りられる部屋もこの街にはない
君は運から見放され 守るべき理由も失った
道路はひどい渋滞で 君はどこにも行けやしない
君はここから救い出してくれる友達を見つけなきゃと思う
かつて手助けした誰かが今度は助けてくれる筈と
It's a beautiful day, the sky falls
And you feel like it's a beautiful day
It's a beautiful day
Don't let it get away
すばらしい日だ 空が降ってくるよ
そして君は思う すばらしい日だと
美しい日だよ
どうか逃さないで
You're on the road but you've got no destination
You're in the mud, in the maze of her imagination
You love this town even if it doesn't ring true
You've been all over and it's been all over you
道の上に立つ君 でも行き先がわからない
ぬかるみにはまり込み、空想の迷宮に囚われてる
君はこの街を愛してる たとえそうは思えなくてもね
君にはここが染み付いてるしここには君が染み付いてる
It's a beautiful day
Don't let it get away
It's a beautiful day
Don't let it get away
すばらしい日だ
どうか逃さないで
美しい日だよ
目を背けないで
Touch me, take me to that other place
Teach me, I know I'm not a hopeless case
僕に触れて あの場所まで連れ去って
導いてくれ まだ望みはあるはずだろ
See the world in green and blue
See China right in front of you
See the canyons broken by cloud
See the tuna fleets clearing the sea out
See the bedouin fires at night
See the oil fields at first light
See the bird with a leaf in her mouth
After the flood all the colours came out
It was a beautiful day
A beautiful day
Don't let it get away
見えるかい 緑と青で彩られた世界
君の右手に広がる中国
雲の切れ間に広がる渓谷
海を一掃していくマグロの一団
ベドウィンの野営の炎
油田に灯るはじめての灯り
ご覧 オリーブの葉を咥えて戻った小鳥を
洪水が終わり生まれ出たあらゆる色彩を
美しい日だよ
目を背けないで
Touch me, take me to that other place
Reach me, I know I'm not a hopeless case
僕に触れて あの場所まで連れ去って
手を差し伸べて まだ望みは捨てちゃいないさ
What you don't have you don't need it now
What you don't know you can feel it somehow
What you don't have you don't need it now
You don't need it now, you don't need it now
Beautiful day
君が持っていないもの 今は必要ないからだよ
君がまだ知らないもの いつか感じられる時が来るよ
君が持っていないもの 今は必要ないからだよ
今は必要のないもの 今は必要のないものさ
すばらしい日だ
- - - - -
Beautiful Dayを改めて聴きながら、音楽が、歌詞が人の心を救済する力について考えていたんですけど、ちょうど先日、ボイメンtwitter界隈でもこんなエモいやりとりがありましたね。

田中俊介不在のままリリースされたボイメンの新曲「頭の中のフィルム」発売日におこなわれた、新曲の歌詞を粋に引用したボイメンオタク感涙のやりとりでしたが、*5直接ソロイベントでリーダー水野勝にあの新曲は田中俊介に向けてのものなのかという質問をした方もおられたそうで(水野はやんわりと否定したそうですが*6)あれはやっぱみんなそう思ってたっていうか感じてしまうよな〜そうだよな〜タイムリーすぎるもんな〜仕方ないよ〜〜と頷いた次第。*7
果たして真相はどうなのかという無粋な話は横に置いておくとして、聞き手がどう受け取るか、受け取ったものをどう解釈して、どういう想いを乗せて、どう飲み込むかは完全に自由なんですよね。そこに正解はないし、聞き手の数だけ答えがある。そして聞き手は同じでも聞くその時々の心情やシチュエーションでメッセージも気づきも流動的に変わる。そういうのが音楽と歌詞のすてきなところだと思っています。だから大切な音楽は末長く人生に寄り添ってくれる。
正解なんて無くても良くて、今この曲が、ボイメンの現状を嘆いて苦しんでいる一部のファンの心に救済として響いていて、もしかしたらメンバーたち自身にも同じように響いている可能性がある、のかもしれない。答え合わせしなくてもそれだけでも充分ではないかな、と思います。
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話はぽんぽん飛びますが、今年2月に封切られて以来、日本と世界の各地で今も上映を続けている田中俊介くんの主演作「デッドエンドの思い出」も、傷付いた心がふたたび前を向いて再生していくまでの物語でした。
撮影されたのは去年2018年の早春、まだまだ田中俊介が調子を崩すずっと前のことで、まさかこんな状況になるとは本人も想像していなかったと思いますが、今改めて見ると、ここ最近のベキベキにへし折れた田中推しの心、そして多分本人にも突き刺さるようなメッセージが劇中から発せられている…!と感じる部分が多々あります。
ボイメン自体が前々から負けそうな誰かを応援したい!引っ張り上げたい!という活動をしているからというのもあるでしょうけど、今回の新曲「頭の中のフィルム」もカップリングの「ONE WAY」も、衣装やPVもあいまって、本来の意図はどうあれ残りのメンバーが田中俊介に必死に手を伸ばして救い上げようとしている感触を感じずにはおれないものになっていると思います。
そして冒頭でふれた今回の「ダークアリス」でのセリフに話は戻っていくんですが、こういう、過去のそして現在の自分たちが誰かを救おうとして、誰かに届けようとして発していたメッセージが、結果として今の彼ら自身の心にいい意味でのブーメランみたいに返ってきていたりするんじゃないかしら、と、件のセリフを読み上げる田中俊介の声が少し涙でこもっているように聞こえるのを感じながら思っていた次第です。
これまで彼ら10人が、悩んで苦しんで迷っている人たちを導くために撒いていたパンくずが、いまの彼ら自身を導いてくれていたらいいなと思います。
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まー全体的に感傷的で甘い希望の話ではありますけどね、双方想い合って引き合っててくれよっていう。でも希望にしても音楽にしても舞台や映画でも何にしたって、陶酔が救済になることはあるんですよね。
甘っちょろかろうが何だろうが、それが絶望の淵に沈むのを救ってくれる綱なら掴まない手はないと思いますよ。拾えるならパンくずだって拾うよ。笑いたい人には笑わせておけばよろしい。
1日も早く、大切な10人が10人に戻れる日を祈りながら待っています。
I know it's not a hopeless caseでしょ。
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追加
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わたくしが駄文(これ)をこねこねしてる間に…


うわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん(涙)
*1:リーディングシアター「ダークアリス」池袋サンシャイン劇場にて 2019年5月29日〜6月2日
*2:あと、他の演者さんが演じている間の表情や目線の投げかけ方。映画での芝居の時もそうだけど、自分がメインじゃない時も一瞬も気を抜かない姿勢が、ボイメンのライブ中、ずっと歌詞に合わせて表情を作ったりファンに笑いかけたりして一瞬も顔がさぼってないあの姿勢と同じ!とちょっとグッときました。
*4:直前まではボイメンの新曲「夢Chu☆毒」を1曲リピートしてました。大好き。10人でやってくれ。
*5:現在グループから完全に距離を置いている田中俊介側からボイメンに向けたと思われるメッセージが出たのはこれが初めて。
*6:「楽曲を作るのは大変な事なのに、勝手に内容を決めつけてしまうようなことはよくない」みたいな答えだったようで。礼儀正しく義に厚い水野らしい。あと「田中に向けてるなんてことにしたら、田中だって嫌だろうから」ですって。男の子たちの不器用な優しさ。
*7:ていうかこれもう、つじちゃん個人はどういう想い込めて歌ってるか正解出ちゃってるなってやつですけど。「自分が誰かの人生をよりよくできたら」という願いから教員を、そして「教員よりもっと多くの人に関われるように」と芸能の道を志したつじちゃんの、そういう実直なやさしさが心から大好きです。
【映画感想】Cosmic Blue
※この記事はいち個人の感想です。ネタバレにも一切配慮していません。
自身も子役からの長いキャリアを積んだ俳優でもある柳英里紗という監督の新作短編映画に、BOYS AND MEN田中俊介くん a.k.a. 推しが主演するらしいぞという知らせをtwitterで聞いたのが、今年2019年2月あたまだったでしょうか。
それから2ヶ月、先日4月に東京で行われた「ラブラブラブシネマ2019」で発表されたのが件の短編「Cosmic Blue」だったわけですが、残念ながら私は会場に駆け付ける事ができなかったので、ま〜年内にはどうにかワンチャン見れたらいいな〜…くらいのボンヤリした展望で展開をお待ちしていたらば、名古屋シネマスコーレ*1でこの5/4~17まで開催されていた「田中俊介映画祭」でのシークレット上映*2が行われまして、おかげで無事鑑賞が叶いました。よかったよかった。
しょうみな話、私はさぬき映画祭での一報をtwitterで知るまで柳監督の事を寡聞にして存じ上げなかったので、*3もちろん前作「VERY FANCY」も見ておらず、さぬき映画祭もラブラブラブシネマも不参加だったので、監督の作風も人となりも技量も何もかもが未知数な中、入ってくる情報は本人と周辺のtwitterとinstagramのみという状況で、*4めちゃくちゃぶっちゃけますけど「えっこの人大丈夫…?」「これは最悪、専門学校生の自己満足身内ウケ製作物レベルを覚悟したほうがいいのか…?」くらいの覚悟をしていた。すいません。
それで実際作品を見てみてどうだったかといえば、想像よりは全然ひどくなかった。
有り体に言ってしまえばもっとおちゃらけてるというかナメた態度かと危惧してたけど、むしろ、ちょっと肩に力が入りすぎてんのかもな〜くらいな印象だった。もっとパリピが身内ノリでキャッキャしてるようなもんが来るかと身構えてたけど、むしろパリピの皮を被った専門デビューの頭でっかちサブカル隠キャのビレバン常連みたいな感じ。*5
全然褒めてないやんって?いやそもそも褒めようとしてはいないんだ。
先に総括言ってしまうと、想像よりはひどくなかったけど、良かったかと言われれば良くもなかったんすよね……。
いやでも、やりたいことはわかる。わかる…けど…成功してるかと言えば成功はしてないな…みたいな…。野心的っていうところも意欲作ってところもまあ伝わるけど、だからって良作佳作ではないんじゃないかな〜って、どうにも奥歯にものが挟まったみたいな言い方になっちゃうけど…。ていうかほんと口さがなくてすいませんね、でも個人の感想だしお金も払ってるから言いたい事言わしてもらいますけど。
田中俊介も「柳さんは"賛否両論"欲しいんだと思うんすよ、"否"の方も」って言ってたから、賛じゃないこと書かせてもらうねごめんねここが俺のチラシの裏だからさあ…。
重ね重ね不躾ながら、専門学校生女子ノリのゆるふわ〜⭐︎ゆめかわ〜⭐︎KAWAII女子最強ズッ友BBF〜〜⭐︎みたいなのがくるぞくるぞ、さあどうしてくれようか…と斜に構えてたのに、蓋を開けたら結構ハードコアにヌーヴェルヴァーグなアートムービーやりたい人が正座しててびっくりしたんですよ。
シネマスコーレでかけてるけどこれシネマテーク*6色のやつじゃんって。
冒頭の公園で遊んでるシーン始まって10秒くらいは「ハ?おいおいやっぱりかよふざけんなよ…」って眉間にシワが寄ってたのが、20秒、30秒と伸びてくにつれて「あっ違うわ、この人ゴダールになりたいってかヌーヴェルヴァーグやりたい人か」って理解して、そっから先はわ〜がんばれがんばれ…という気持ちで見守ってたんだけど…。
でも、鑑賞者ががんばれがんばれって応援しながら見守らなきゃならん映画って、それは決していいもんではないよね。我に返りすぎてて。
私も別にその道の専門家でもなんでもないけど、でも、こういう方向の作品にはもっと、有無を言わせず巻き込んで飲み込んでいく力がないと、正直きついんじゃないかな。
実際、場内の反応見てても*7、上映後一切間を置かず(他の上映の時は登場までもったいぶってたのに)すぐさま「いや〜!難解すぎんだろ!!」って叫びながら舞台にすっ飛んで行ってフォローに回ってた田中俊介見てても、それは如実に感じた。
作品見ながら私が「監督はああいう雰囲気がやりたいんだろうな〜」と、画面や全体の見せ方に関して思ったのはこのへんなんですけど(ヌーヴェルヴァーグばっかじゃないけどご容赦ください)*8
La Chinoise + Le Gai Savoir – Jean-Luc Godard – Restoration Trailer
The Holy Mountain (HD Trailer - HD) | ABKCO Films ※グロ耐性ない人気をつけて
こういうタイプの作品って、まず最初は筋が理解できなくても、理屈抜きで引き込まれてしまうくらいの圧倒的な力と魅力に巻き込まれて、よくわからないけど最後まで見ちゃったぞ、ああよくよく反芻してみるとそういうことだったのか…っていうこと、ままあると思うんですが、「Cosmic Blue」にはまずその巻き込む力がまだ足りないと感じてしまったんだよなあ…。そこが弱いと、観客って残酷だから、たとえ20分ちょいの短編であっても、読み解こう、理解しようと思ってもらうことはおろか、まず最後まで見てもらうことすら難しいから…。*9
もちろんこの作品に感性が響き合うタイプの人もいるだろうなとは思うけど、これはまだその狭い一部の枠の中にしか刺さる力がないと感じた。
あと、舞台挨拶でも話されてたように、私も「余命がいくばくもない宇宙人たちが、享楽的に最後の時間を貪り、全員がひとりの地球人に恋をして彼を求める」っていうのが話の大筋と受け取ったんだけど、(ていうかここはわかりやすかったと思う)途中でキャラクターが「地球人は〜」って自分たちが宇宙人である事をネタばらしするようなセリフを言っちゃうのが、これは個人の好みもあると思うけど私はソレ要る?っていうかちょっと日和った?って思っちゃったな〜。どうせ難解にやりたいなら安牌投げずに最後までとことん不親切に押し切ってもよかったんじゃないかな。不親切にっていうか、そのパンくず撒かなくても観客も結構読み解く力持ってるし、ちゃんと辿り着けるので観客と作品の力信じて大丈夫だと思うんだけどな。*10
これも個人の好みだけど、わりと序盤にある「何やってんだろうね〜全然カットかかんないね〜(笑)」っていうメタなセリフも、ここから先にメタ構造頻発するのか?っていう鑑賞者の迷いを生むノイズになるから切ったほうが話に集中できたな…とも思った。小ネタ入れたくなっちゃう気持ちはわかるんだけど。
余計なパンくず撒かなくていい代わりに、つまずくような石は取り除いといてほしい。難解な構造や抽象をやりたいならなおさらに。
これは同時上映との兼ね合いとたまたま私っていう鑑賞者のその日の気分にも依存する話になってくるからちょっとアレなんですけど、名古屋で「Cosmic Blue」が上映された日は内田英治監督の「シェアハウス」が同時上映されていたんですね。
私はかねがねから内田作品の画面がすごく好きで、でも自分でもその理由がわからなくてあれこれ考えた結果、ジョージ・ミラー監督が「マッドマックス 地獄のデス・ロード」を撮るときに「観客の集中を削がず尚且つ重要なファクターを見落とさせないために、重要なものや事件はすべて画面の中央に持ってきている」と言ってたのをどっかで読んだのを思い出して*11、内田監督の画面の安定感にももしかしてこれが関係しているのでは?と「シェアハウス」上映中ずっと画面の中心や水平や比率や視線誘導やそういうところをやたら注意深く見てたんですよ。
その後の「Cosmic Blue」だったので、冒頭の公園からもう画面の中のバランスその他が気になって気になって…。人物2人がアップになるようなカットでも何で中心そこやねんとか…。
前述の事置いといても、わたくしが「パリ、テキサス」*12のゾッとするほど完璧な画面レイアウトに心酔してるような人間なんで、これも本当に個人の好みの話になってしまうのかも知れないけど…あと、画面の不安定さも狙ってやってんだろうなとは思ったけど…でもこう…見せ方の足し算引き算というか…こっちにブレを出したいならこっちは安定させておかないとアクセントにならないじゃん、印象付けたいブレが埋もれて全てがブレブレになってしまうやんっていう…。つ、伝わるのかなこの感情〜。まあいいや個人の感想覚え書きだから〜。(ここにきてまだ逃げを打とうとする)
あ〜しかし、こんだけぐるぐる考えて、書いて、表層のストーリーも読み取って文句のつけどころまで見つけてても、映画の主題が何だったのかまではたどり着けてないんすよね…。たどり着けてないっていうかここは正解探さなくても観客それぞれが自分なりのものを受け取ればいいところだと思うんだけど…。
ここまで散々"賛否"の"否"ばっか書いてきたので、じゃあお前は「Cosmic Blue」嫌いだったんですね?と言われれば、実際それも違うんすよね…。いや確かに好きではないんだけど…。嫌いというほどの強い感情は持ってないし、これを作ったこと、自信を持って世に送り出したことは賞賛されていいと思う。
これは映画でもアートでも漫画でも何でもそうなんだけど、まず作ること、そして人前に出すこと。このスタートラインより前にある2つが、簡単に見えてどれだけ難しいことか。
しかも、このタイプの作品、自分や身内がたとえどれだけ気に入ってようが、どう考えても広く万人受けするものではないわけで、それでもその道を行くことを選んで、作品を作り上げて、これが私です!!って堂々と出せるっていう、そこは絶対に評価されて欲しいし、否定もしたくない。これは自分もものづくりする側っていう欲目もあるかも知れないけど。
そして、「オーシャンズ8」*13の最後のカットで嗚咽を漏らしたような人間なので、女性監督、しかも俳優出身とかそれはもう頑張って欲しい…!!という気持ちも大いにあるわけですよ…。
ただなあ…それが作品そのものの評価、しかも観客目線のとなってくるとまたそれは話が別じゃんね〜ってなるわけですよ…。好きとか嫌いや合う合わないはもうどうにもなんないしね。う〜ん遺憾。一生懸命頑張りました〜や応援した〜いや次作に期待〜で評価してたら全員アカデミー賞だもんなあ。
(でも、あんまり合わなかったなーって映画が何で合わなかったのかってことについて考えるのも、結構意味がある行為だと思ってる。このエントリーもそうです。)
ただ、これ実は鑑賞後に舞台挨拶聞くまで知らなかったんですけど、これってまだ監督2作目らしいですね。もう柳英里紗映画祭が開催されてるっていうから、もう何本も撮ってるのかと思ってた。だからま〜それは方向性がニッチなの置いといても誰もが手放しで褒めるような作品ではないのも仕方ないのでは〜?とは思いました。
「次作に期待」って、つまり今作はパッとしないねって言うのと同じだからあんまりいい言葉じゃないけど、でも、意欲的野心的に敢えてこの方向性を選んだなら、貫いて今回ポカーンとしてた観客をあっと言わせてくれよな〜って。何年もの鳴かず飛ばずの苦境を気合いと根性でなにくそと乗り越えてきたその主演俳優を推してる人間は思ったりするわけです。
ま〜長々々と書いてきましたけど、最初の方で言ってた総括「思ってたよりひどくはなかったけど良くもなかった。でも野心的な意欲作だとは思う」って気持ちは伝わりましたかね…。難解で抽象だから好きじゃないって訳じゃないんだよ〜。ジム・ジャームッシュ「リミッツ・オブ・コントロール」とかパオロ・ソレンティーノ「グランドフィナーレ」とかヤン・シュワンクマイエル全般とかめちゃくちゃ好きだし。でも難解で抽象っぽい構造にするのも、「難解に見えるけど実は単純」「抽象的にしないと色々カドが立つ(政治批判など)」「単純に監督がブッ飛んでる」その他色んな理由があると思うんだけどこれは何でなのかな…いや別に「単にやってみたかった」でももちろんいいんだけど…まあいいやこの話キリがないわ。やめやめ。
ていうか、ここまで散々書いてきて今更だけど、監督も映画祭主宰もエゴサの鬼みたいな人たちなのにこれ書いて公開すんの正直めっちゃ気が重いので巻き込み事故させて欲しいんすけど、このエントリーは自分の覚え書きとしてに加えて、「Cosmic Blue」が理解できた気がしなくて好きになれなくてつらい、というメッセージを送ってきたあなたのために書きましたよ!
いいんだよすべての映画を好きにならなくても!推し監督作だろうが推し俳優が出てようが、そういうことはあります。あと今作が好きじゃなくても次作は大好きかも知れないよ。そんな絶対他人と同じ正解を探して理解しなきゃいけない好きにならなきゃいけない修行みたいな気持ちで映画館行っても楽しくないから、もっと気持ちを楽にして、映画を楽しんでくださいね。
あ!そうだ!!忘れてたこれだけ最後に書いとく。
青い血液が医療にも使われてる海洋生物ってイカじゃなくてカブトガニだよね?
*1:名古屋駅西にあるミニシアター。ここ2年ほど副支配人の坪井さんが病的に田中俊介を推している。
*2:予想の範疇なシークレットではありましたが。しかも監督本人が映画祭公式より先に上映を発表してしまいそれに主演俳優が反応し映画祭公式が慌ててフォロー情報を出すというフライング発表。
*3:出演されてる作品はいくつかタイトル見て「あ〜〜〜???」ってなったんすけど…「岐阜にイジュー!」とか…ながら見だったからなあ…
*4:あと、わずかなさぬき参戦組の舞台挨拶感想ツイート…。これも私が見かけたのはあんまりポジティブじゃないものばっかだったんだけど、後日、田中俊介映画祭でスコーレ坪井さん&田中俊介も坪井「あの時の柳さんの態度が、ま〜悪かったですね」田中「ぼくで〜ら嫌われてましたね」と話してたので実際あんまりいい状況ではなかったのかな。でもそれは引き合わせる人の紹介スキルやタイミングも大事なのでは…?
*5:舞台挨拶で田中俊介も言ってたけど、監督はじめ映画内でもSNSでも全員キャッキャしてる風に振舞ってるけど本当は全員真面目で静かで暗いタイプなんじゃないかな…という印象。
*6:名古屋今池にあるミニシアター。アートムービーやドキュメンタリー、歴史的名画リバイバルなどが得意。
*7:当たり前だけど田中俊介を見にきてるお客さんばっかなので、田中俊介が「おれにもカワイイって言って〜!」て言うようなくだりではワッと声が上がったりはするんだけど。
*8:舞台挨拶では、青い血が流れる宇宙人は岡本喜八「ブルークリスマス」からではないか、とか、宇宙人たちが地球人の男の子に恋をするのはジョン・キャメロン・ミッチェル「パーティで女の子に話しかけるには」の影響では?という話も出てました。
*9:ピーター・グリーナウェイの短編とか、ひたすら窓枠が映される中、窓からの転落事故データがナレーションされ続けるだけみたいな意味わからなさだけど、なんか見ちゃうんすよね。引力がおかしい。
*10:これは完全に横道に逸れる話だけど、先日公開されてた「ギルティ」が完全に観客の想像力を信頼した構造で見てて大変気持ち良かったですね!映画と観客双方の力をもってはじめて完成する映画でした。落語と講談の国の民なのでうれしくなっちゃったな。
*11:これ出典が全然思い出せなくてすいません。記憶違いの可能性もあります。
*12:言わずと知れたヴィム・ヴェンダース監督の超超名作。ラブ。胸に迫るストーリーもさることながら徹底したレイアウトと色彩設計ぜひ一度見てください。セリフがなくても画面が語りかけてくる。
*13:女も男も全員見てくれ。こんな映画が作られる時代になって本当によかった。
